29話
夏コミの続きです。
ちょっと短いので、その分ゆっくりお読み下さいませ。
「何か曰くありげだな」
僕となつきは余程歪んだ顔をして、稲高のブースを見詰めていたのだろう。
ダイヤ先輩は僕らを慮って、そっと話を聞いてきた。
「はい、同じ小、中でした。彼はあまりいい性格とは言えません」
僕は簡単に説明した。
正直、僕はそれほど彼に接した訳ではない。
だが前に相対した数分間でも、それは充分に分かる事だった。
「僕は、小6の時、あいつにイジメられていました」
なつきは俯き、呟くように言った。
「「「………」」」
「あいつは表面では愛想が良く、一見すると人柄もいい。
それで人を唆すんです、自分ではけして手を汚さずに」
「なつき……」
「そして陰でニタ~と笑うんだ。見える様に。わざと!」
なつきは昔を思い出したのか、両手をグッと握りしめた。
僕らが当時、ともかちゃんを奴から引き離した。
そのフラストレーションの捌け口がなつきになったのかも知れない。
なつきにとってはいい迷惑、とばっちりだ。
しかし、ともかちゃんを奪われたら、その頃のなつきはもっと辛かったのかもしれない。
いや今現在、ともかちゃんと燐光寺はお付き合いしているのだ。
なつきにとって燐光寺は、憎んでも憎み足りない、そんな存在なのではないか。
「分かった。
お前達にとって、あの男は敵なんだな!」
「え!?」
「は、はい」
「では奴は我々の敵だ!」
「うん、敵だ!」
「「せんぱーーい」」
冗談めかしたが先輩の一言は、泣きそうなほど嬉しかった。
なつきも同じなのだろう、溜まった涙が溢れ落ちる寸前だ。
普段はどうしようもない人なのに、たまに見せる格好良さ。
燐光寺! これが我が美術部部長、アケミ・ダイヤモンドだぞ!
思わず僕らは奴のいる、稲月高校演劇部のブースを睨んでいたーー
燐光寺の出現は、圧倒的かと思っていた我が軍の進撃を受け止めた。
そして今度はジリッ、ジリッと、徐々に勢力を盛り返して来た。
同人誌は既に完売近くになっていたので、ここで言う進撃とは売上ではない。
ここはやはりコスプレ対決を制さなければ、稲高に勝ったとは言えないだろう。
僕らは恥も外聞も忘れ、Wアンドゥトロワの可愛さアピールに終始した。
なつきの美しさもあって、最初程ではなくとも、常に撮影を頼まれる。
だが、聞こえてくるのだ。
向こうのブースの反応が。
時折響く歓声よりも……
女子が発する黄色い声よりも……
何にも増して堪えるその反応。
それはため息。
《はあああーーーーっ》
ひとりひとりのため息が重なり、ここにまで届く。
「認めねばならないようだな」
「ダイヤちゃん?」
「性格はどうあれ、奴の演劇センスは本物だ」
「「クッ!」」
僕となつきは自分の力の無さが悔しかった。
コスプレに対してのダイヤ先輩は真摯だ。
燐光寺への評価は妥当だろう。
彼の活躍で飛ぶように同人誌が売れていると、敵情視察の植野先輩。
近くで奴のコスプレを見てきた先輩によると、衣装の出来はそれほどでもないとの事。
やはり燐光寺の演技が凄いという事だった。
彼の周りの……空気からが変わるというのだ。
僕らは特に打つ手もなく、宴は終わりを迎えてしまった。
燐光寺休が現れて2時間弱。
それで稲高演劇部の同人誌はほぼ完売。
結果的には両者共に大勝利。
嘉望東美術部にすれば過去最高益の大大勝利だ。
両者共にコスプレで集客し、いい作品で手に取らせ買わせたのだ。
実に素晴らしい、非の打ち所のない勝利。
だが、なんだろう、この敗北感。
何処からくるのだろうか、この身震いするほどの腹立たしさ。
唯、唯、悔しい。
悔しくて悔しくて悔しくて悔しくてたまらない。
「さあ、みんな引き揚げだ」
折角の福岡市内だというのに。
まだ夕方だというのに。
お腹も本当は減っているはずなのに。
誰ひとり残ろうとは口にしない。
僕らは逃げるように、メッセの会場を後にした。
敗北感のある勝利。
時間が経てば、得られた利益に喜びが湧いてきます。
でも直後は悔しくて仕方がありません。
こういう時側にいてくれる友って、
生涯の友になり得るのかもしれません。
それこそが一番の、人生の利益になるんでしょうね。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もよろしくお願いいたします。




