24話 えとうなつきのおはなし4
今回まで、なつき君視点です。
なつきくんのおはなしクライマックス(?)です。
どうぞ、お楽しみ下さいませ。
「なつき君、もう寝ちゃった?」
「ううん、起きてるよ」
横になったまま、ミチヨ君は話し掛けてきた。
やはり相談があったらしい。
夕食後、話しそびれた件だろう。
それはもちろん分かっていた。
そう、分かっていたけれど……
まだ電気消して5分、10分ってとこだよミチヨ君。
早くないかい?
いや、そういうパターンで相談って想像してたけど……
でももうちょっと経たないと、可笑しくて吹き出しちゃうよ。
まあ、ほんとに寝られちゃ相談できないのは分かるけれども。
そっかぁ、そんなに話したいんだ。
そう思うと、何かすごく可愛いなあ。
なぜか流れでミチヨ君とベッドを共にする事になり、すぐ右横、僕の右側面にピッタリ彼の左側面。
僕はドキドキして、顔半分くらいに布団を被る。と、ぶわっとミチヨ君の香りが包んでくる。
本当に男の子?
ミチヨ君が胸一杯に溜まって、熱くして、クラクラさせる。
どことなく雪姉や、お母さんの匂いに似ている。
でも、あの2人ではけして起きない、この胸のモヤモヤ感。
こんな状況で眠れる筈もなく、これをあと何十分、何時間続けなければならないのか……
そう思った直後にさっきの言葉である。
一瞬、全ての感情が笑いに変化して、思いきり吹き出しそうになった。
なんとか踏みとどまって冷静さを装う。
「ミチヨ君、どうかしたの?」
「う、うん。
さっき話しそびれたやつだけど、聞いてくれる?」
「もちろん! 聞かせて」
「ありがとう」
何はともあれ相談だ。
きちんと聞いて、ミチヨ君の力になってあげたい。
「あのね……
僕には幼馴染みで親友のM君という子がいる……」
「プフッ! ぷくくくくく」
そこまだ継続してたんだ。
「もう! なつきくんひどいいい!」
「あははは、ごめん、ごめんなさい。
でも、もう、そこは平川君でいいよ、バレてるんだし」
「ううううううう……
分かった。そうする」
恥ずかしかったのか、僕の右肩に顔を埋めながらミチヨ君は了承した。
「あのね……
ミッキ、平川君がね」
「ミッキーでいいよ」
「うっ、うん。
ミッキーがね」
ぎゅっと、僕の右肩を強く掴んで話し続ける。
「稲高で恋をしてるんだ」
「ええっ!」
「それで、相手の子には仲のいい男子がいて、彼女と一緒に演劇部に入ったらしいんだ」
「そ、そうなんだ」
「ミッキーってあんなだろ。
箸にも棒にも掛かんないで見てるだけ、ってなりそうで」
「平川君格好いいのに、恋愛関係全然そうだよね」
人の事言えないけど。
「そう全然ダメ。
超ニブチン!
人の気持ちどころか、自分の気持ちだって分かってないんだから!」
「ミ、ミチヨ君?」
「あ! ご、ごめん」
またギューッ。
おそらくミチヨ君には、僕の半身に密着している意識が無いのだろう。
先程から力を入れるのと一緒に、肘と太股で僕を挟み込んでいるのだ。
ギューッとされる度、僕の胸もギューッてなって、もう変になりそう。
いかんいかん、力になるんだから。
「それで平川君は?」
「そ、そう、ミッキーはね、あいつも演劇部に入るって言うんだ」
そっか、平川君、本気なんだな。
「平川君にしては積極的だね。でも……」
「うん。ミッキーじゃ、なにも出来ないよ」
平川君の人柄は良いのだが、無口で口調がちょっとぶっきらぼう。なので、誤解されやすい。
「そこでね、僕が練習台になったんだ」
「何の?」
「……告白の」
「!」
僕の胸が一気にザワついた。
そもそもミチヨ君は何を何で話そうとしているのか。
僕の昔話の内容、それを聞いた後の涙。
思い詰めた君の表情。
それらが頭にまとわりつき、悪い予感がする。
いや、それしかしない。
「お互いに見詰めあって……」
ああ、胸が早鐘を打つ。
「ミッキーは急に、強く僕を抱き締めて……」
ミチヨ君はその時の事をゆっくり思い出しながら話す。
僕の鼓動は鼓膜にまで大きくその音を響かせている。
「好きだ、愛してるよって、耳元で囁いて……」
僕は薄い明かりにぼんやり浮かぶ、君の大きく美しい瞳をじっと見詰めた。
君も、何かを訴えるかのように見詰め返して、そして閉じた。
「ミッキーは僕と唇を重ねたんだ」
頭に血がカアアッと昇った。
「許せない! 絶対に許さない!」
僕は体を起こし、怒りに声を荒げた。
よくもよくもよくもよくも!
悔しい悔しい悔しい悔しい!
心の中が黒い色に染まるのが分かる。
きっと嫉妬の炎は黒いのだろう。
「平川め! ミチヨ君になんてことを!」
「待って! 違うんだ!」
ミチヨ君が立ち上がった僕に縋るように抱きついた。
「僕はキスされて、嬉しかったんだ」
「ええっ!」
僕は一瞬何が何だか理解ができなかった。
「僕は、ミッキーが、好き……だったんだ」
そんな……
そっとミチヨ君は体を離す。
僕はそのまま立ち尽くす。
「だから許せなかった。
あの子の代わりに……
僕と唇を重ねながら、違う顔を想っている事が、どうしても許せなかった」
ミチヨ君は力なくベッドに腰を落とした。
平川に腹も立つが、それよりもミチヨ君が可哀想すぎる。
「でもね!」
ガバッと顔を上げ、僕を見詰めた。
「それまでミッキーは、何度も何度も僕の失敗を許してくれた!
何度も何度も助けてくれて、何度も何度も寄り添ってくれて……
それなのに僕はたった一度の、初めての彼の謝罪を、突っぱねた。
聞かなかった。聞こうともしなかった!
彼を、許して上げられなかった! ううう……」
ミチヨ君は顔をおさえ嗚咽を漏らす。
分かる。
分かるよ、ミチヨ君。その苦しみ。
そうか……
君は僕の後悔に自分を見ちゃったんだね。
そして僕と同じ様な後悔に、胸が押し潰されそうで。
僕はゆっくりと横に腰掛け、君の小さな肩をギューッと抱いた。
ただ無言で、強く、強く抱き締めた。
「ごめんね、なつき君」
しばらくして落ち着いたのか、ミチヨ君が謝ってきた。
「なつき君なら、この気持ち、分かってくれると思って」
「うん、分かるよ。同じだよ」
僕は力を弱めて、でもミチヨ君を引き寄せたままに答えた。
「ごめんね、気持ち悪いよね、男なのに。
でも、ミッキーは物心ついたころにはもう好きで、それが恋に変わって……」
僕は腕を解き、ゆっくり首を振った。
「僕にもずっと好きな子がいるんだ。
幼馴染みで、物心ついた時には側にいて。
小6の時、夕陽の中に微笑む彼女を見て、恋に変わった」
「それでどうなったの?」
「あはは、どうにも。
もう何年も口もきいていない」
にっこり笑顔で答えてあげた。
「うふふ、僕たち、なんだか似ているね」
言いながら、ミチヨ君は僕の胸に顔を埋めてきた。
「ありがとう、なつき君」
僕はまた強く抱き締める。
「なつき君、親友になってくれる?」
「い、いいよ、ミチヨ君」
「じゃあ、呼び捨てで呼んでほしいな」
「ええっ!
う、うん。
ミ、ミチヨ」
「なつき」
ミチヨが見詰めている。
薄暗い中ででも、その目の意味は分かっている。
僕は顔を近づけ、君はゆっくり瞳をとじる。
そっとふれ合う唇。
それは驚くほど柔らかかった。
ミチヨ君は性同一性障害なのかもしれません。
この頃そんな言葉、誰も知りません。
ただの多感な少年なのか、今で言うトランスジェンダーなのでしょうか。
この時代の物差しでは、どこかに位置付けするのは難しいですかね。
まだまだ世間の風は木枯らしの様に、強く冷たい事だけは確かなのですが……
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。




