13話
「ぎゃーっ!」
慣れない人物デッサンのモデルに少し疲れ、お茶を一口と小休止した時だった。
若い女性の声音で、オッサンのような悲鳴が美術室に響いた。
「私もう、だめ……コテッ」
「ダイヤちゃーん! お気をしっかり!」
美術室の中央には長机が4つ合わせて並べてあり、約2×8mの大テーブルを作っている。
テーブルクロスに赤い布を使い、その上に沢山のガラクタが置いてある。
おっと、失礼。
これらは美術部顧問および画家でもある神野先生が持ち込んだ物で、静物デッサンのモチーフである。
洋酒のビンが一番多く、次に模型の果物。
要所要所にフランス人形やら小振りの石膏像やらのちょっと目立つ物。
そして真ん中には1段高くして鎮座ましましている、ザッツ静物の牛骨ヘッド様。
完全に教室を私物化……いえ、アトリエ化していた。
このテーブルに向かって3方向から、生徒の机が2列で並んでいるのだが……
モチーフを挟んで向こう側にいる先輩が、2人で何やらやっているらしい。
「ダイヤちゃん、ダイヤちゃーん!」
今叫んだのは、副部長の中山田加代子。
背が低く痩せているので、ぱっと見小学生か、という位小柄。
腰まである黒髪と、ニコニコとした明るさで容姿以上に魅力のある人。
「いいの、いいのよカヨちゃん。
もはや悔い無し……眼、福!」
バタッと机の上に突っ伏した人は、部長の台矢明美。
おじいちゃんがアメリカ人のクウォーター美少女。
ただ後ろに、「黙っていれば」と付いてはいるけど。
元はダイヤモンド鉱山で一山当てた一族の、ダイヤモンドおじいさんが帰化して台矢となったらしい。
だから矢鱈と、
「私はアケミ・ダイヤモンドよ!」
と、うるさい。
この時はまだ、知るよしもなく。
「先輩、どうかしましたか?」
なつき君が心配して、テーブル向こうの2人の元へ。
僕も優しいなつき君の後に続いて、先輩方の所へ向かった。
「ああ、ゴメンね2人共。
ちょっとダイヤちゃんとはしゃぎ過ぎちゃった」
「じゃあ、具合が悪かったりしないんですね?」
なつき君は本気でホッとしたみたい。
「いや~ん、いい子だよう。
ダイヤちゃん! ダイヤちゃん!」
「んん~! ぐむううう」
ダイヤ先輩は突っ伏したまま唸ってる。
ん?
何だろう?
赤い……あ!
「先輩、血が出てるよ!」
突っ伏した腕の下から血が出て来て、机の上がみるみる血まみれになっていく。
「だ、ダイヤちゃん! 大丈夫っ!」
流石にカヨ先輩も慌ててダイヤ先輩をそっと起こそうとした。
「え? 何? どったの?」
顔を上げたダイヤ先輩の鼻からは大量の鼻血が垂れていた。
こんなに鼻血を出している人は初めて見た。
「ぎゃー! なんじゃこりゃー!」
そしてこんな品の無い女性も初めて見た。
美人なのに……
「うわああ、体操着があっ!」
そう言うとダイヤ先輩はセーラー服の上を脱ぎ、さらに血に染まった体操服まで脱いだ。
そして慌てて窓際にある流しへ行き、血を水で洗い流し始めた。
こんな、ガサツな人も、初めて見た……
なつき君を見ると、両手で顔を覆い恥ずかしがっている。
僕を見て、
「こ、こんなの、困っちゃうよねえ」
と、顔を真っ赤にしている。
先輩……
なつき君の半分でも見習って下さい。
恥じらいって物を。
「本当にゴメンねえ2人共。
ダイヤちゃん! 男子の前だよっ!」
「え? はわわ!」
「私もダイヤちゃんも舞い上がってるの。
だって、1年間2人だけの部活だったから」
「ええ? そうなんですか?」
「そう、今日からは2年が2人、1年が2人」
「「………」」
「それとね、あなた達がまるで、私達の描くマンガそっくりなんだもの」
「ええ? マンガですか?」
「そうよ、同人誌。
郭座ますみ、フェイントだ天馬のやおい本」
「同人誌? やおい?」
「そうよ。
これからしっかり、教えて、あ、げ、る」
先輩はニンマリと笑顔を向けた。
この先輩方の影響で、僕らはこの「同人誌」やら、「やおい」とやらに関わり、そしてどんどん染まって行く事になるのであった。
美術室には流し台が窓際にあり、蛇口が2つ付いています。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
挿絵後回しにしてたら、全然出来ないですね。
まあ大した絵じゃあないんですが……
精進します。
次話もよろしくお願いいたします。




