11話 ひらかわみきおのおはなし3
俺は何も言えなかった。
どんなに言葉を重ねても、たとえ全てこの胸の内を晒しても、今のミチには届かない。
「彼女」は俺を拒絶して、曲解して、何ひとつ伝わる事は無いだろう。
俺が出来る事は静かにこの場を去り、彼女の心をこれ以上傷つけない様にする事。
俺はそっと部屋の外にでて、しかし最後に一言だけ声を掛けた。
「ごめんよミチ、でもあの時、キスしたあの時言った事はけして嘘じゃないから」
「もういいよ! ひとりにして!」
そう言われるのは分かっていた。
だが言わずにはいられなかった。
また俺は自分のエゴを通しただけだった。
「好きだ。愛してるよ。前からずっと」
素直に出てきた、言いたくても言えなかった心からの言葉。
口下手で、恋愛下手な俺の、単純な飾りっ気の無い言葉。
そう、これだけは、信じてほしかった……
だがあの調子では望むべくもない。
家へと向かう重い足取りの中、何が悪かったのか、これからどうするべきか、あれこれ考える。
だが俺には接線の傾きの求め方は分かっても、君の方程式を解く方法が分からない。
ただ待つしか、今の俺には出来る事がないのだった……
あれから1ヶ月経った。
俺は日々の生活を淡々とこなしていた。
そう言えば聞こえはいいが、中身はただの脱け殻だ。
うちの母づてでネコおばちゃんにそれとなくミチの様子を聞くのだが、
「まだヘソを曲げてるのよ」
との事だった。
親には、まさか恋愛の拗れなどと思われるわけもなく、喧嘩が長引いている位の認識だろう。
ミチを深く傷付けてしまった。
誤解を解ければいいが、果たしてそれだけで、癒えてくれるだろうか……
「おい! 平川!」
教室で考え事をしていると、件のバレー仲間が呼んでいた。
「ああ、お前か」
「お前かじゃねえよ、ボーっとしやがって」
「すまん、考え事してた」
「お前なあ、そんなんだから……
八重洲の奴、燐光寺とデキちまったぞ!」
「!!」
「どうする? 諦めるか?」
「はあ? 何言ってんだお前。
諦めるもなにも、俺には関係の無い話だよ」
「ったく、最後まで……
まあ、今何やったって勝算無いしな。
お前がそんななら、その方がいいだろうよ」
そう言いながら友人は、自分の教室に帰っていく。
「だから、俺にはカンケーねえよっ!」
くそっ、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
フン!
ヤエの奴め、昔あんな目に遭わされたクセに!
どうなったって知らねえからな。
……そうだよ、好きだったよ。
ミチがいなけりゃ恋してたかもしれねえよ。
何だよ!
バカみたいじゃねえか。
ミチとの幸せな高校生活を目前にして、無駄な心配で全て棒に振っちまった。
心配してた2人自体が恋人同士ってか。
節操なしカップルが、好きにやりゃあいいんだ。
俺は何しにこの高校に来たんだ?
「あははははははは」
マジ笑えるぜ。
俺は自分のバカさ加減を、思わず声に出して笑っていた。
いつの間にか日も暮れて、何処をどう歩いたか、
というか今まで何をしてたかすら覚えていない。
「アンチャン、ご機嫌じゃねえか」
不意に声を掛けられた。
俺はどうやら、隣町の駅前まで歩いていた様だ。
声を掛けてきたのは近くの学生だろう。
かなり形を変えたガクランを着ている。
3人組で、ニヤニヤ俺を値踏みしている。
ああ、此処は山口高校、ヤマコーの最寄り駅だった。
「そう見えるか?
生憎気分は真逆なんだが」
「何だてめえ、イナコーのクセに!」
一番下っ葉が俺のガクランで稲月だと分かったのだろう。
「調子コイてんじゃねえぞ」
俺の胸ぐらを掴もうと、不用意に右手を伸ばしてきた。
その伸ばした男の手の脇を、まるで列車同士がすれ違う様に、俺の右手が前に出る。
軽いカウンターになって、食らった三下は元いた場所にバックで帰っていった。
ただし白目を剥いてだが。
「だから言っただろうが。
まあ、今ので幾分機嫌が直ったぞ」
「貴様ぁ~っ!」
今度は先にこっちが動く。
2番手の男が、やられ役の台詞を吐いた頃には間合いを詰め、下腹に短く蹴りを入れ動きを止める。
前のめりになった所へ、向かって右のこめかみ辺りから左顎下へ抜けるように、右こぶしを打ち下ろす。
これで1対1になった。
「ほう、稲月のモンにしちゃあ、骨があんじゃねえか」
「おだてたって、加減しないぜ」
「まったく、キザったらしい野郎だな!」
若い有り余ったエネルギーは、こういう事でしか発散させられないのかもしれない……
もう夜の何時だろうか。
うちに向かって歩いているのだが、疲れ果て、足取り重く、なかなか距離が縮まらない。
顔はアザだらけ、制服はヨレヨレ、体力も倒れる寸前。
最後の奴は矢鱈強いと思ったら、ヤマコーの番長みたいな奴だった。
昔の青春物みたく引き分けに終えて、
「また遊びに来いよ」
などと言われてしまった。
ははは、ミチを守る為に体を鍛えて、ミチを守ると誓ったこの右手。
気晴らしの暴力に、思う存分使っちまった。
あは……あははははは……あはははははははは……
バカだなあ、笑ってるのに涙が止まらない。
バカだ。
本当に俺は……
大バカ野郎だ。
結構聞き間違え、言い間違えってあるんですよねえ。
前にドライブスルーで、バーガーを2つ頼んだら、
「ひとつですね」と復唱してきた。
「いいえ、ふたつです」
「ひとつですか」
「いいえ、2個です!」
「いっこですね」
「うぬぬぬぬ、トゥーーーッ!」
「ああ!10個ですか!」
これは実話です。(1、2、3の1、2わかる? 1、2。といって注文通りました)
読んでいただいて、ありがとうございます。
次話からまた、ミチの視点で進みます。
よろしくお願いいたします。




