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10話 ひらかわみきおのおはなし2


 その女の子に初めて会ったのは、小学校3年生に上がり、隣の席になった時だ。


 彼女の名は、八重洲ともか。

 寂しげで、性根の暗い、夜空に浮かぶ月のような子だった。


 1、2年と一緒だったミチが別のクラスになり、俺も少し不安だったのかもしれない。

 その少女のどこか怯えたような表情が、今、他クラスでひとりいるミチと重なって見えた。

 この、隣の席、同じ班の八重洲さんを、俺は意識して見るようになった。

 彼女の暗い表情の原因は直ぐに分かった。


 いじめだった。


 1年生、2年生と彼女はいじめられ続けていた、と去年同じクラスの子から聞く。

 長坂下という男子がいじめのリーダー格のようだが、どうやら違う。

 奴は粗野だが、集団で痛めつけるというタイプではない。

 かえって歯止めになっている位だ。

 奴は気に入らない者はぶん殴るという、きわめて単細胞な脳の持ち主だ。

 

 本当のいじめのリーダーは燐光寺休(りんこうじやすみ)だ。

 奴は長坂下の陰に隠れて、ねちねちイビる蛇の様な男だ。

 雰囲気が前の年からやってるアニメの、ドラなんとかに出てくる腰巾着に似てるらしい。

 (ひじ)男だか、(すね)男だったか、俺は見てないんで分からんが。

 

 兎に角俺は、何かと八重洲さんと関わるようにして、燐光寺との間に割り込んだ。

 そのうち俺の班も協力してきて、班全員で、自然な形で燐光寺達から八重洲……ヤエを引き離した。

 俺達と遊ぶようになって、みるみるヤエは明るくなっていった。

 燐光寺の回りにいた女子が、まずコチラ側に来た。

 男子達は来ないまでも、いじめの事に触れなくなった。


 1年かけて、ようやく普通の小4女子、という位にまで来れた。

 ヤエはよく笑うようになり、よく駆け回った。

 ぽっちゃり体型のくせに、身軽に跳びはね、機敏に動く。

 本当は太陽のように明るい子だったのだ。

 

 俺はヤエの事が好きになっていた。

 4年生、5年生、6年生と成長し、このまま大人になっていったら、それは恋へと変わったのかもしれない。

 だが俺の心にはミチがいた。

 俺は見えないもう1つの左手で、ずっとミチと繋がっていると信じていた。

 そして小6に上がって間もない頃の帰り道。

 俺は本当にミチに恋をした。


 家から一番近い駄菓子屋の壁に、1枚の看板が貼ってあった。

 錆び付いた薄い鉄製で、女性がにこりと微笑むカレーのポスターだった。

 どうやらミチはこのポスターがお気に入りで、学校の行き帰りに(しき)りとそれを見ようとする。

 ある日ミチの口が微かに動いたのに気がついた。

 その後も時々無言の囁きを目にし、そう時間もかからず俺には分かった。

 朝は行ってきます、帰りはただいま。

 登下校時にミチはいつも、微笑む鉄板の中の彼女に挨拶をしていたのだ。

 何とも可愛らしく……愛おしく……

 俺はそっとミチを見守っていた。


 それは、そんな行き帰りを繰り返して何ヵ月たった頃だろう。

 小6の4月、駄菓子屋の鉄製カレー看板が撤去され、真新しい紙のポスターに変わっていた。

 俺は直ぐに隣のミチの横顔を見た。

 悲痛を通り越して絶望といった感じだ。

 足元が覚束ない。 


「ミチ、危ないぞ」


 心配で声をかける。


「ありがとうミッキー」


「気持ちは分かるけど、気をつけろよ」


「え?」


「あの女の人、残念だったな」


「!!」


 ミチが驚いた表情を見せる。

 お前をずっと見詰めてたんだよ、それくらいわかるさ。


「俺もガッカリだよ。

 優しく見守ってくれてるみたいなさ。

 俺らだけの、緑のおばさんみたいだったのに……」


「うん……」


「俺らだけでサヨナラって言おうぜ、空に向かってさ」


「うん……」


 人気のない田舎の山道で二人叫んだ。


「「アリガトウ! サヨナラッ!」」


 叫ぶとミチは泣き崩れ、その場にしゃがみこんでしまった。


 俺はその姿を前に、自分の衝動に堪えきれず、ミチの肩を強く抱きしめた。

 俺にもたれかかり泣き続ける君のことが、たまらなく好きで、今までより強い深い想いを抱いた。


(ああ、これが恋なんだ……)


 愛おしくて、切なくて、胸が苦しい。

 でも、けしてそれは嫌じゃない。


 その日から俺は、ミチを心の中では「彼女」と呼んだ。

 男とか女という分け方ではなく、恋愛の対象として、心の恋人のような気持ちでそう呼んだ。

「彼女」の為に、「彼女」を守る為に俺は生きる!

 自分の想いを再認識した。




 その俺の胸の中全てを占めた「彼女」ミチが、自分をヤエの代わりにキスをしたと責める。



「何故だ!

 何故そうなった?」



 心の中で何度も何度も繰り返す。


 今目の前で泣きながら拒絶する彼女に対して、俺はただ疑問符しか頭に浮かんで来なかった……


昔はいたる所に鉄製のポスターの様な看板が貼ってありました。

錆びたら結構な味を醸し出して、いい雰囲気なんですけどねえ。

レトロなディスプレイとかでしか見なくなりましたね。


読んでいただいて、ありがとうございます。

次話もよろしくお願いいたします。

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