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写ガール 〜神谷結衣の純愛恋写  作者: 瀬賀 王詞
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第1章 5 放課後の教室は恋の予感

 一年四組の教室。火、水、木の放課後は結衣と内村昇平の姿があった。結衣にとっては幸いなことに、教室に居残る生徒はわりといて、「二人きり」になる状況は避けられた。

 黒板消しは内村の提案で二人で一緒にやった。週番日誌も二人で書いたし、戸締まりも二人で確認した。そして鵜川先生のいる職員室に二人で行ってチェックを受けた。

 この三日間、佐和子と栞は情報収集と分析にあたっていた。二人の情報に食い違いがあったため、内村の人物像がいまいちわからなかった。

「やばいよ、佐和子。中学時代はワルだったって。あの坊主頭」と栞。

「やめなさいよ、そんな言い方。ワルだって? まさか。とっても人気あるらしいよ。優しくてナイスガイだって。それに、野球部を県大会準優勝に導いた豪腕投手だって。高校の野球部でも期待の星なんだって」

「人間、表と裏の顔があるからさあ」と栞は言った。

 結衣をからかうことはしなかった。昼食時間も週番の話題には触れなかった。結衣も何も言わない。

 

 結衣は、内村昇平の軽快な行動に好意は抱いていたが、特別な感情はなかった。週番は今週で終わるし、苦手な男子と「協力し合う」のも、あと一日だ。

「どうした、結衣。顔色悪いぞ」水曜の夜、父が言った。「何か悩みでもあるのか?」

 金環日食の撮影旅行を楽しみにしている父は、軽い口調で言った。

「なんでもない……」

 週番のことなど、父親に言う気にはなれない。どうでもいいことだ、と思う。

「お父さんいよいよ明後日出発だね。いい写真撮ってきてね」と結衣は言った。

「ごめんな、父さんだけ」

「いいよ。いつものことだもん」

「結衣、実はな、今度で最後にしようと思うんだ」

「何を?」

「カメラだよ……」

 四畳半の父親の書斎。父親の言葉は、その狭い空間に重く響いた。

「なんて言ったの? お父さん……」

「カメラな、もう、やめようと思うんだ」

「なんで?」

「目がな、悪いし……」

 父親の緑内障のことは母親から聞いていた。それほど重症だとは聞いていない。

「そんなに悪いの?」心配そうに結衣は言った。

「いや、見えなくなるほど悪いんじゃない。カメラのファインダー覗いても、かすんでな。結衣、そんなに悲しい顔をするなよ。父さん、プロじゃないんだから」

「それでも、わたしの師匠だよ。お父さんがカメラ撮ってるのを見て、わたしもカメラ始めたんだから。賞までとれたのは、お父さんのおかげだよ……」

「まあ、それはそうだがな。今まで父さん、カメラにどっぷりだった。おまえや母さんに迷惑をかけたもんな。ここらで一区切りして、おまえたちに恩返ししようと思ってる」

「いいよ、そんなの。お父さんらしくないから、嫌い……」結衣は涙ぐんだ。

「泣くなよ、結衣。それどころか、おまえには朗報だ。おまえにも少し投資してやれるぞ。欲しがってるレンズとか、今度買ってやるから」

「ほんと、それ?」結衣は涙を拭いた。

「ああ。今度金環日食を撮れば、思い残すことはない。散々お金を使ってきたからな、撮影旅行に。レアもののカメラも売れば、三人で海外旅行するくらいの金にはなる」

「海外旅行? ハワイとか?」

「ハワイ? もちのろんだ」

「うれしい! けど、ちょっとさみしい……」

 父親からカメラをとったらなにが残るのだろう。父親には失礼だが、結衣はそう思った。

「父さんの楽しみは、結衣、おまえだよ。おまえは賞をとったんだ。全国レベルの……。おまえの夢が写真家になることか、わからんが、父さん、おまえの写真を見るのを楽しみにしているよ」

 親子は照れくさそうに微笑んだ。

「それにな、今まで撮った写真も整理しないとな」

 父親は壁に掛かった写真を眺めた。写真のひとつひとつに思い出があるのだろう。父親は目を細めて黙り込んだ。

「おやすみなさい」と言って結衣は部屋を出た。

 結衣は勉強をしながら考えた。もう『営業』はしなくてすむ。授業をさぼったり、高いところへ昇ったりして、他人の好きな男子の写真なんか撮らなくていい。高山先生に呼び出されることもないだろう。家も少しは金持ちになるし、レンズは父親が買ってくれる。 結衣は勉強をやめ、レンズのカタログに見入った。


 金曜日の朝、父親は旅行に出かけた。日食は月曜日。金環がジャストに見える鹿児島へ、苦手な飛行機で旅立った。結衣は飛行機が落ちないようにとお祈りした。

 内村昇平との週番も最後の日は楽しかった。黒板を消しながら、互いに目を合わせて微笑むこともあった。レンズを買ってもらえるうれしさも、結衣のテンションに影響していただろう。 

佐和子と栞は結衣のテンションの変化を喜んだ。策を弄するチャンスだと考えた。水、木のリサーチで、放課後教室に居残る常連リストを作成。今日の放課後は早く帰るようにと脅した。

「なんだか静かだね」と内村昇平が言った。

「うん……いつもなら何人かいるのに」

 二人は教室を掃いていた。休憩後に清掃時間はあるが、午後の授業でかなりゴミが散乱する。そこで鵜川先生は、週番の仕事に放課後清掃を付け加えた。

「神谷はさ、深川第二中だよね」

「うん……」結衣はちりとりを持ってきて神谷の前にしゃがんだ。

「僕のいとこがさ、いてさ。今、中三だけど」

「そうなんだ……ひとつ下だね」

「その、いとこがね、よく神谷の話をしてたんだ……」

「そう……だれ? いとこって」

「三橋一也っていうけど……知らないだろ?」

「知らない……」

 二人は道具を片付けた。結衣は自席に戻り、週番日誌を広げた。日付やら、授業内容などはもう結衣が書いていた。一日の感想を書く欄がある。結衣の隣の椅子に座った内村は、結衣が書き終わるのを待つ。

「そのいとこはさ、きみのことが好きだったんだよね」

 そう言って内村は結衣からの言葉を待った。結衣は聞こえなかったように、ただシャーペンを走らせた。

「だからきみがどんな女の子なのか興味がわいてさ……これ、ちょっと触っていい?」

 内村は結衣の机に掛けてあるカメラバッグを指さした。

「いいけど……壊さないでね」

 結衣はバッグからカメラを取り出して電源を入れた。カメラを受け取った内村は、ファインダーを覗いてシャッターを切った。

「わたしは撮らなくていいから」

 結衣がそう言うと同時に、内村は結衣に向けたレンズのシャッターを切った。

「へへへ……撮っちゃった」内村は照れ笑いをした。

「逆光だし、消しとく……」

 内村は撮った写真を再生した。

「でも、かわいく写ってるよ……」

 結衣は一日の感想を書き終えた。少し考えてから、次の一文を付け加えた。

【鵜川先生に提案 やはり男女ペアは見直すべきだと思います。理由は、男女の敬愛が育まれるような効果など期待できないからです。】

 シャーペンをペンケースに仕舞ってから、結衣は日誌を内村に差し出した。内村は、カメラを見て止まっている。

「内村くん……はい」

 日誌を見た内村は、カメラの電源を切った。カメラを結衣に返すと同時に日誌を受け取った。

 内村は無言で日誌を書いた。わずか数十秒で書き終えると、立ち上がり、自席に戻ると鞄を手に取った。

「悪い……神谷さん。もう部活に行く……」

 そう言うなり踵を返して教室を出た。

「いいけど……」

 結衣の声はもう内村には聞こえてないことが、結衣自身にもわかった。内村の態度が変わったことを感じはしても、結衣はたいそうには考えなかった。鵜川先生のところへ一人で行くのは嫌だが、これで週番は終わる。結衣は鞄を持って立ち上がった。五時を過ぎ、太陽の光は赤みを増して教室に差し込んでいる。月曜日の、坊主頭を夕日色に染めた内村の姿を思い出した。そして今日、結衣を好きだといういとこの話。

「なんで、あんな話をするんだろう……」結衣はつぶやいた。

 

 結衣が教室を出ると、その後ろ姿を見送る二人の影が現れた。

「やっぱ、隣の教室じゃあ、聞こえないね」と栞。

「盗聴器しかければよかったかな」と佐和子。

「……好き、とかいう言葉が聞こえたよ」

「内村、コクったのかな?」佐和子が腕組みをする。

「静かだったからさ、わたし、キスでもしてんのかと思ったよ」

「そこまでは、まだ」

「でも、見た感じ、いい雰囲気だよ、あの二人……」

「思う?」と佐和子。

「思う」と栞も即答。

「でもさ、内村、先帰ったじゃん」

「びっくりしたね。見つかりそうだったよ、わたしたち」

「なにかあったかな……」

「明日結衣に聞いてみる?」

「まあ、聞けたらね。様子見てさ」

 栞は何気なく窓から外を見下ろした。

「あれ、結衣、もう帰ってくるよ」

 渡り廊下を意気揚々と歩く結衣の姿を見た。

「早いね、どうしたんだろ?」

「なんか機嫌よさそう。にやついてるし」

「わたしたちも部活行こうか?」

「そうしよ」


 二人の影が消えたころ、結衣は戻ってきた。そこに佐和子と栞がいたことを知る由もない。ただ、どこかで嗅いだ匂いを感じ取った。

「あれ、栞の香水の香がする……なんでだろ」と結衣は思った。

「でもよかった……ほんと、助かった……」

 部活に向かう結衣は、そうつぶやきながら時々スキップをした。

 職員室に行くと鵜川先生の姿はなく、同じ国語科の先生に聞いたら、もう帰ったと言う。結衣は週番日誌を鵜川先生の机に置いてきた。


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