第1章 4 内村昇平の挙動不審
翌日、登校する結衣の足取りは重かった。学校に行きたくない人の気持ちがわかるような気がした。なで肩をさらに落として歩く結衣に、背後から佐和子が声をかけた。
「佐和子、週番って知ってた?」結衣は聞いた。
「知ってるよ。わたし一番最初だったもん」
「そうか。出席番号、女子で一番だもんね。男女ペアって変だと思わない?」
「まあね。高校生なのに、有り得ない発想かも。鵜川先生が変わってるんでしょ」
「相手、誰だったの?」
「安倍くんだけど……」
「どうだった?」
「どうだったって、別に。黒板消し安倍くんがして、わたし日誌を書いただけ」
「二人で一緒に職員室に行った?」
「ううん、わたしだけ……。あなた、週番なのね!」
「男子と二人で職員室来なさいって、鵜川先生……」
「相手、誰?」
結衣は答えない。
校門で栞と合流して、佐和子と二人で週番の話で盛り上がる。
「結衣、落ち込んでんの。今週週番でさ、男子と一緒だからさ」
「なにそれ?」栞は訊いた。四組の男女ペア週番制を理解した栞は、「いいチャンスじゃない」と栞は結衣の肩を揺すった。「男嫌いを治すいいチャンスよ」
「男嫌いじゃないってば。ただ憂鬱なだけ」結衣は靴箱で履き替えながら言った。
教室に入ると、結衣は無意識に内村昇平を探した。まぶしい坊主頭は見あたらない。他クラスの栞も入ってきた。
「で、佐和子、誰だろうね、結衣のお相手」
「結衣、恥ずかしがって言わないのよ。でも、ほら、あそこに週番表が貼ってある」
佐和子と栞は掃除用具箱の扉に貼ってある週番表をのぞき込んだ。
「皆川……祐也、だって?」佐和子は言った。
結衣は着席してカメラの手入れを始めた。
「佐和子、それ、どんなやつ?」
「確かね……ほら、廊下から二番目の列で、寝ている人……」
「顔見たいな。おーい、皆川、起きろー」栞が小さく言って笑った。
「見て。望月慶吾が来た……」
望月慶吾は教室に入るなり、佐和子と栞を見て微笑んだ。鞄を自席において二人に近寄ろうとするから、佐和子と栞はシッシッと手払いして追い払った。結衣たちと同じ中学出身で、生徒会長をしていた人物だ。
結衣は振り返って二人を手招きする。二人は遠慮する表情を浮かべ、ここで見てると床を指さす。
ほどなく廊下から鼻歌がかすかに聞こえてきた。佐和子と栞は皆川がいつ起きるか注目していたから、その鼻歌の人物には一瞥を与えただけだったが、坊主頭の男子が結衣に近づいて初めて二人は異変に気づいた。
「あれなの、あの坊主頭……」栞が言った。「皆川のはずよ、この表によると……」 栞はもう一度週番表を確認した。
「あの男子……内村だ。内村昇平……」
「結衣が立ち上がった。話してる……。あっ、こっち向いた」
佐和子と結衣はゆがんだ笑顔を結衣に返した。それは結衣の表情がゆがんでいたからだった。
「あっ、出てく……」栞が言った。
結衣と坊主頭が教室を出て行くのを見届けてから、二人は皆川に駆け寄った。
「ねえ、起きてよ」と佐和子は皆川を揺すった。
皆川は、うなってからすぐに起きた。
「誰だよ、おまえ……」
「有村よ。聞きたいことがあるの。あなた、今週週番じゃないの?」
「ちげーよ」皆川はまた寝る態勢に入る。
「だって週番表に書いてあるじゃない」
「替わったんだよ。おまえ馬鹿か」
「なんで替わったの?」
「内村に頼まれたんだよ、おまえアホか」
「なんで内村はそんなこと頼んだの?」
「知るかよ」
「ありがと、○○○○野郎!」佐和子は小さい声で怒鳴った。
皆川は起きて佐和子をにらみつけたが、腕組みをして見下ろす美女二人に圧倒され、三度寝る態勢に入った。
廊下に出た二人は、大きな魚を釣った釣り人みたいな笑みを浮かべていた。
「なぜ、内村は週番を替わってくれって皆川に頼んだのか……」佐和子が言った。
二人は奇妙な笑い声をたてた。
「恋の予感ですなあ」と両手を合わせて乙女チックに目を潤ませる。
「しかし、なぜよりによって坊主頭?」と栞が言う。
「野球部なのよ、内村」と佐和子。「でも、いいじゃない。坊主だけど、まあまあのイケメンだよ」
「とにかくおもしろくなりそう。しばらくは退屈しないわね」
「あっさり内村がふられて、チャンチャン、かもよ」
「それじゃあ、おもしろくなーい」栞が体を揺する。
「仕方ない、一肌脱ぎますか?」佐和子は腕組みをした。
「姉御、そういたしやしょう。これも結衣のため、友情のため……」
二人はガッツポーズをして腕を組んだ。
「しかし姉御、さっきの○○○○野郎、決まってましたぜ」と栞。
「ごめんなさーい。ついお下品な言葉が出てしまって。オホホホホ」
佐和子は団扇を仰ぐ仕草をした。栞も合わせて笑った。午前中は内村昇平に関する情報を集めることで意見が一致した。