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写ガール 〜神谷結衣の純愛恋写  作者: 瀬賀 王詞
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第1章 2 結衣が「営業」をする訳 

 七十三年ぶりの金環日食が近づいている。

 結衣の父親は撮影のため鹿児島県に行く準備をしていた。仕事ではなくまったくの趣味だった。

「いいなあ、お父さん……わたしも連れてってよ」

 父親の書斎でレンズの手入れを手伝いながらおねだりをする。

「喜べ、結衣。五十六年後にまた金環日食があるらしいぞ。父さん、どうがんばってもその年まで生きられそうにない。おまえには五十六年後にチャンスが巡ってくる。もしおまえが今度行けば、父さん一回、結衣は二回だ」

「でも、結衣がその歳まで生きてる保証はないよ」

「そうだなあ、世界情勢はやばいからなあ。第三次世界大戦があるかもだしな。それはもう、運命と思って諦めるしかないだろ」

「お父さん一回、わたしゼロ。そうならないようにさあ、連れてってよ」

「大丈夫、結衣は戦争が起こっても生き延びるよ。それに今度父さんが乗る飛行機が落ちるかもしれない。そうなると親子して金環日食撮影ゼロだ。最悪の事態はやっぱり避けような」

「飛行機が落ちても死なないくせに。て言うか……死なないでね」

 結衣は急に黙り込んだ。

「どうした、急に……」カメラの内部をのぞき込みながら父親は言った。

「やめてよ、父さん、そんな話……」結衣はうつむいて鼻をすする。

「おいおいマジになるなよ。冗談じゃないか」

「だって、今日外国で飛行機落ちたって……」

「ああ、知ってる。百人近く亡くなったな。でも日本は大丈夫だよ」

 父親は娘に向き直った。

「でも、お父さんの乗る飛行機プロペラ機なんでしょ。すっごく揺れるらしいよ」

「そうだな。早割の格安チケットだからな。でもいざというときはプロペラ機の方がジェット機より助かる率は高いらしい」

「うん、知ってる。でも本当かなあ。落ちるのは一緒なんだし。助からないよ、きっと」

 結衣はとうとうすすり泣いた。

「泣くなよ結衣。おまえもう高校生じゃないか」父親は結衣の肩に手を置いた。「お父さんにもしものことがあっても、母さんと二人でしっかり生きていくんだぞ。父さん、ちゃんと天国から見守ってるからな……」

「ありがとう、お父さん。お父さんにもしものことがあったら、お父さんのカメラ全部もらっていいの?」

「カメラか……」

 父親はガラスケースに陳列されたカメラを見た。ライラックGF199、CANON/ER509など、名器と呼ばれるカメラがずらりと並んでいる。

「この貴重なカメラを全部売れば一千万以上にはなる。おまえが好きにしなさい。全部おまえのものだよ」

「ほんとに?」結衣は顔を上げた。

「ほんとだよ。前にもそう言ったじゃないか。さあ、もう泣き真似はやめなさい」

「ばれてたか……」

「結衣は女優になれるな、本当に涙が出てるじゃないか」

「本当にお父さんが死んだって想像すると涙が出てくるの」

「想像すんなよ」

「そうだ。ちゃんと保険には入ってる? お母さんとわたしに最低五千万は保険金残してくれないと、生きていけないよ」

「大丈夫だって。お父さんはそんな簡単に死なないから」

「でもね、お父さん。人間って意外と簡単に死ぬもんなんだよ」

「結衣、いい加減にしなさい!」

 結衣は笑って書斎から出た。

「まったく、縁起でもないことを平気で言うからなあ。この頃の子どもは」父親はため息まじりにつぶやいた。

「飛行機に乗るの初めてなんて、今さら言えないしなあ……」


 十時過ぎ。

 結衣は自室で貯金を数えた。『営業』の成果は二万円近く。欲しいレンズは、その八倍の値段だ。

「もう少し営業がんばろ……」

 そう言いながら、自分のしていることを両親が知らないことで胸を痛めた。

 父親は製薬会社の係長。五十にして係長は、趣味のカメラが祟ってのことと母親が言う。

「もう少しお父さんの稼ぎがよければね、一戸建てに住めるんだけど……。会社の仕事よりカメラだから、出世できないのよお父さん」

 そう言いながら母親の顔は笑っている。ボーナスの大半をカメラにつぎ込むことにも文句を言わない。

「まるでさ、『釣りバカ日誌』の浜ちゃんみたいでしょ」

 母親は、よっぽど父親のことを愛してるんだと、結衣は閉口する。


 父親が冬のボーナスの三分の一を遣って買ってくれたニコンD90。高校入試第一希望突破が条件だった。結局父親と同様、カメラ好きが祟って第二希望に落ち着いた。条件は果たせなかったが、全国フォトコンテストジュニア部門で最優秀賞を受賞した娘に、専用の一眼レフは必要だろうと考えた。賞金の十万円を娘から取り上げたことも後ろめたかったのだろう。

 ただ、結衣の不満として、確かにお小遣いが少ない。父親の稼ぎが少ないのは事実だ。それなのにカメラだの、印刷機だの、レンズだの、撮影旅行だのと、自分の趣味だけにお金を使う。マンションのローンもまだ残っているだろうに。父親の行動には理解できないところはある。ただのカメラ馬鹿と言えばそれまでだが、全国フォトコンテストで最優秀賞を取った娘を自慢に思うなら、もう少し娘にも投資してほしい。高性能のレンズ一個ぐらい買ってくれてもいいし、今度の金環日食撮影旅行も連れて行ってくれてもいいはずだ。カメラやレンズは好きに使っていいと言うが、CANON好みの父とはカメラの趣味が合わない。

 ニコンのデザインが気に入った結衣は、どうしても純正のレンズが欲しいのだ。最優秀賞を受賞したことで、結衣に撮影を依頼する友人が増えた。中学卒業のとき、片思いの男子を相手にわからないように写真を撮ってくれとクラスメートに頼まれた。現像して写真を渡したらお礼にと千円もらった。そのとき、これは商売になると考えた。

 小遣い稼ぎに自分の才能を使うのはおかしいことではないし、家はビンボーなんだから仕方ないしと、結衣は自分に言い訳をして両親への罪悪感をごまかしていた。

 

 ベッドに入って電気を消すと、結衣はまどか部長の言葉を思い出した。

「神谷結衣らしい写真……かあ。どんな写真なんだろう」

 まどか部長は高校に入学する前から自分のことを知っていた。全国フォトコンテストで勝負したいと言った。自分のことを買いかぶりすぎと思う反面、うれしさも感じた。何よりも堂々と『営業』ができるのが一番の喜びだった。

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