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写ガール 〜神谷結衣の純愛恋写  作者: 瀬賀 王詞
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第4章 5 恋の日米フォトバトル

 送別会は、五月の歓迎会とそう変わり映えはしなかった。おなじみのバーベキュー。バーベキューがいかにアメリカの日常に馴染んでいるかを結衣は実感させられた。ウインナーを食べながら、アメリカのウインナーも悪くないなと思った。

 昇平は、ジャイアンツのベレー・ラインツ投手と握手したと喜んでいた。スーザン、アレンや他の友人たちは、昇平を未来の大リーガーとしてもてはやしていた。常に昇平の周りには誰かがいて、二人で話すチャンスはなかった。

 結衣がアメリカに来てわかったことは、昇平がもうスターへの道を歩み始めていることだった。しかし、ただひとつの不安がよぎる。サイモンさんの声が耳に残っている。

【ショウヘイのミラクルボールが復活してからなんだよ。すべてがスタートするのはね】

 腕が治っても、ミラクルボールが投げられなければ、甲子園もないし、メジャーもない。 昇平は、アメリカに来て甲子園への思いを忘れかけている。メジャーリーグへと気持ちが動いている。それは悲しいことだが、昇平が完全復活しなければ、甲子園もメジャーも、絵に描いた餅に過ぎない。今は、昇平の努力にただ期待するしかない。

(自分は、昇平くんのためになにができるだろう……)

 賑やかなサイモンさん宅の庭の一角で、結衣はひとり自問自答するのだった。

 アレンたちと談笑していた玲奈は、ひとりでいる結衣に気づいた。

「結衣ちゃん、昨日の夜、やばいことになってさ」と玲奈は言った。

「どういうこと?」

「アレンたちと、メインストリートのブルースバーに行ったの。スーザンも来てて、わたし酔っぱらってさ……」

「アルコール、飲んだの? 玲奈……」

「一回くらいならって、思って。だってこっちの高校生って、ガンガン飲んでるしさ」

「それで? スーザンとなにかあったの?」

「昇平は結衣の恋人なんだから、余計なちょっかい出さないでって……」

 スーザンと目が合った。女友達とおしゃべりしていたスーザンは、結衣と玲奈を見て近寄って来た。

「ハイ! ユイ。楽しんでる?」スーザンはグラスをユイに寄せた。

 二人は乾杯をした。

「スーザン、三ヶ月の間、いろいろとありがとう」

「いいのよ。わたしたち、いい友達じゃない」

 スーザンは、玲奈にも目配せをした。

「昇平のこと、よろしくお願いします」結衣はお辞儀をした。

 スーザンも丁寧なお辞儀を返した。

「オッケイ。余計なチョッカイはしないけど……」スーザンは一呼吸おいてから言った。「わたしが本気になったら、そのときは、勝負ね……」

「勝負なんて、する意味ないわ」結衣は言った。

「結衣ちゃんの言うとおり」玲奈が援護する。

「意味あるわよ。負けたほうが諦めればいいのよ。お互い、カメラが趣味だし。フォトバトルしない?」

「いいわ。でもそれは、スーザンが本気になったときでしょ?」

 スーザンは、グラスを一気に飲み干して言った。

「ごめんなさい。たった今、本気になったわ。明日、飛行機は夕方でしょ? 午前中フォトバトルよ。迎えに行くから」

 スーザンはにやりと笑い、背を向けた。

「わたしが余計なこと言って、かえって火をつけちゃったかな?」

 玲奈は恐る恐る結衣の顔を見た。

「そんなこと、ないわ……」

 そう言いながらも、結衣は引きつった顔を玲奈に向けた。

 

 翌日、結衣と玲奈は、スーザンのオープンカーの後部座席にいた。

「オープンカーって、風がすごいね。髪が……」玲奈は髪を抑えっぱなしだ。

「でも、気持ちいい」結衣は言った。

「どこに行くの? スーザン」玲奈が運転手に叫んだ。

「この前行ったけど……」風の隙間からスーザンが言った。「グルノーズリスパークよ。動物写真で対決するつもりだけど、どうかしら?」

「いいわよ、別に」玲奈が笑って言った。「こっちには仏像なんてないしね」

 グルノーズリスパークは、絶滅寸前だったグルノーズリスを救済するために作られた。柵で囲まれた広い草原のなかで守られ、今では千羽を超える数まで増えた。人々は愛くるしいリスと、自然のなかでふれあうことができる。

 パークに車を駐車すると、三人はカメラの準備をした。スーザンはペンタックス、玲奈はキャノン、結衣はニコンのカメラだ。

「ひとつ条件をつけたいの」スーザンが言った。「望遠レンズは使わないこと」

「なぜ?」玲奈が訊いた。

「わたしが使わないから」

「なによ、それ」玲奈が言った。

「いいよ、玲奈……」結衣はカメラのレンズを付け替えて言った。

「今から一時間、撮影。終わったらすぐにフォトスタジオで現像するの。ベストをプロのカメラマンに送って、勝敗を決めるわ。それでいいでしょ?」

 スーザンは、返事を待たずに入り口に向かった。

「入場料は、七ドルよ」

 玲奈は、子どもっぽく舌を出した。

「どういう態度だろ、あれ。日本人を差別してんのかな?」

「それもあるかも……行こう」

 

 公園は広かった。草原もあれば森もある。いたるところにリスがいる。ただ、なかなか二人の近くには寄ってこない。

「人間に慣れてるんじゃないの?」玲奈が言った。

「望遠レンズを使わせない理由、これかな?」結衣は笑った。

「そうだよ、きっと。結衣ちゃん、笑ってる場合じゃないよ。明らかに不利だよ」

「そうでもないよ、キャノンやニコンの方が、レンズの性能がいいしね。玲奈、単独行動しようよ。わたし、森の方に行く……」

「わかった。わたし、草原の方に行こうかな。でも暑そう……やっぱ森にする」

 玲奈は、結衣の後を追いかけた。

 

 撮影を終えた三人は、家に帰る途中のフォトスタジオで写真を現像した。ベストを選び、A四判に引き延ばした。三枚の写真は、どれも甲乙つけ難く、三人は無言で写真を見つめた。フォトスタジオの主人は、店に飾りたいと言った。

「この写真のなかで、どれがベストか、この店に来る客に投票してもらうっていうのはどうかしら?」スーザンが言った。

「別にかまわないけど……ねえ、結衣……」

 結衣はうなずいた。昇平を賭けての勝負にはなんの興味もなかった。例えスーザンに負けたとしても、昇平を諦めるつもりはないし、そんなことは無意味だった。ただ、写真で負けたくはない。栄翔高校写真部のフォトバトルで償金稼ぎの味をしめた結衣は、いつのまにか勝負にこだわる『写ガール』になっていた。

「ただし、フェアにお願いね」と結衣はスーザンにきっぱりと言った。

 スーザンは、店長に説明した。店長は「おもしろい!」と言って喜んだ。優勝者にはMDカードをプレゼントすると言い出した。投票期間は一ヶ月。スーザンを疑うわけではないが、店長が三人それぞれに結果をメールで知らせることになった。

「任せてくれ。日本にもちゃんとMDカードは送る。インディアン、嘘つかない」

 店長が右手を挙げて言った。

 

 夕方。

 結衣と玲奈はメンフィス空港から日本に向かって飛び立った。

「がんばってね、昇平……」結衣はそれだけしか言えなかった。

「ああ、おじさん、おばさんによろしく」

 結衣は、改めて大人になった昇平を眺めた。高一の頃はまだ丸坊主で中学生らしさが残ってかわいかった。髪を伸ばした昇平は確かに格好いいが、結衣の知る昇平とはどこか別人だった。

「また、留学できるんだろ?」昇平が言った。

「理事長にお願いしてみる」玲奈が答えた。

 サイモンさんとリンダさんは、二人を抱きしめた。ダニエルおばさんは、特にきつく抱きしめた。

「一度に二人も娘がいなくなると、寂しいわ」

 結衣も玲奈も落涙を禁じ得なかった。異境の地で不安でいっぱいだった二人に、我が子のように接してくれたダニエルおばさん。最もアメリカを感じさせなかったアメリカ人だった。

「楽しかったね……」

 機内の座席に着くと、玲奈がつぶやいた。

「玲奈、また来る気?」

「うーん。半分半分。また来たいけど、もう二度と来たくない、複雑な気分」

「わたしも、同じ……」

「結衣ちゃんは、来なくちゃだめよ……」

「玲奈だって、アレンが……」

「遊びよ、遊び。顔はいまいちだけど、やっぱ日本人がいいよ。あっ、心配しないで。昇平くんに返り咲きなんてしないから。四角関係になっちゃうしね」

「フォトバトルに勝っても?」

「わたしはただの遊び。わたしが勝ったら結衣ちゃんの勝ちにしていいわよ。MDカードはいただくけど」

 機内のライトが少し照度を落とした。ジェット音が腰から響いてくる。

「スーザン、フォトバトルで負けても、諦めないかも。結衣ちゃんのいない間になにするかわかんないよ。昇平くんに、一発脅しかけておいたほうがいいんじゃない?」

「そんなこと、しないよ」結衣は寝る準備をした。

「わたしがさ、結衣ちゃんのヌード撮って送ろうか? 昇平くん、またメロメロんなるよ、きっと」

 結衣は笑った。玲奈はとんでもないことを言う子だと思った。

(でも、悪くないかも……)

 結衣は、Cカップになった胸を両腕で抱えた。昇平の手を思い出すと、体が熱くなるのを感じた。

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