第3章 2 ウチムラ・ショウヘイ
灼熱の太陽が道路を照りつけ、車が通る度に反射して、光を踊らせた。冷房の効いた都内のホテルのロビーでは、大柄と小柄の外国人二人が握手を交わした。
「すみません、ボス。わざわざ……」小柄な外国人が言った。
「いいんだ、サイモン。マレーシアに所用があってな。そのついでだよ」
サイモンはボスをラウンジに案内した。
「飲み物は何にします? ビール?」
「いや、今夜のゲイシャアソビを楽しみにしてるんでな。アイスコーヒーを頼むよ」
サイモンは指を鳴らし、日本人ウエイターを呼んだ。
「考えてみたら日本は久ぶりだよ」ボスは言った。「ノモヒデオを見に来て以来だ」
「大分前ですね」サイモンは笑った。
「もう十年以上やってるからね、マイナーリーグのオーナー。スカウト時代、日本には一度来たっきりだ」
ウエイターがアイスコーヒーを置いた。二人はシロップとミルクを注いだ。
「ところで、ボス」
「一流ホテルで『ボス』はやめてくれ、サイモン」
「オッケイ、ポール……」
二人はストローを使わずにアイスコーヒーを一気に飲んだ。
「ノモヒデオを超える逸材がいたらしいな……」ポールは言った。
「イエス。ですが、右肘に打球を受けて再起不能の診断でした」
「再起不能なら、仕方ないだろう。また別を探せば。サイモンは敏腕スカウトじゃないか。俺に相談っていうのはなんだね?」
「3Aの専門医にレントゲン写真を見せたんです」
「だれの写真をだれに? サイモン、もう少しわかりやすく説明してくれ。俺はまだ昨日のドンペリが舌の上に残ってるんだぜ」
「ノモヒデオを超える逸材……この少年です」
サイモンは一枚の写真をポールに手渡した。ポールはしげしげと写真を見る。
「なかなかのハンサムじゃないか。体もいい。名前は?」
「ウチムラ・ショウヘイ……」
「ウチムラ・ショウヘイ? 発音しづらいな」
「甲子園出場を決めるファイナルゲームで、相手チームの四番バッターにピッチャー返しを食らったんです。ボールはウチムラの利き腕、右肘を直撃。全治三ヶ月の複雑骨折でした」
「それをなぜ、3Aの医者なんかに見せたんだ?」
「ジョンっていう医者です。知り合いなんで、ちょっと、意見を聞きたいと思いまして」
「うちの専属医に見せればいいだろう」
「カールはDL入りしたロドリゲスにつきっきりで、手が空いてなかったんです」
「まあいいだろ。それで、その医者の見解は?」
「難しいが、可能性がないわけじゃ、ないと……」
ポールは葉巻を取り出した。サイモンは、ジッポライターで火を付けた。
「サイモン……」ポールはゆっくり言った。「それで、お前の考えは……」
「ボス、この少年にかけてみたいんだ」
「治るかどうか、わからないのに? 治っても、投げられるかどうか……」
「わたしの勘では、六割……」
「自信、あるのか?」
ポールは、サイモンの顔に煙を吐いた。
「ボスは、ウチムラのボールをまだ見てない」
「そうだな。見ないことには、なんとも言えないな……」
サイモンは、アイフォンで撮したムービーを見せた。決勝戦、ウチムラが三連続奪三振を演じたシーン。
「ウチムラをアメリカで治療して、リハビリすれば、きっと復活する」サイモンは興奮気味に言った。「高校野球で活躍すれば、プロ野球に行かざるを得ない。その結果、メジャーに来るとしても歳をとってからだ。これはチャンスだよ、ボス……」
ポールは葉巻も吸わずに画面を凝視した。葉巻の灰が床に落ちた。
「いいだろう、サイモン」ポールは言った。「お前に任せよう……」
「さすがだ、ボス!」サイモンは思わずパチンと手を打った。
「ウチムラ・ショウヘイか……会うのが楽しみだな」
ポールは葉巻をくゆらせながら言った。
「ヘイ、サイモン。やっぱりビールを一杯もらおうか」
サイモンは指を鳴らしてウエイターを呼ぶ。サイモンは、ビールを待つ間、ホテルの窓から空を見上げた。
「すごいサンダーヘッド(入道雲)だな。テネシーじゃあ、見られない……」




