第2章 3 内村のカノジョの悩み
本州本土も梅雨入りし、雨の日が多くなった。
NHD杯高校野球では、栄翔高校はベストフォーだった。結衣は内村の投げる姿を初めて見た。マスコミが注目する理由が漸くわかった。内村は数ヶ月前まで中学生だったのだ。準々決勝はリリーフで投げ、無失点に抑えた。初回に三年生投手が三点を奪われ、そのまま逃げ切られ、敗戦した。
「県大会の前哨戦みたいな大会なんだ」と内村は電話で言った。「この大会で優勝すると甲子園に出れないって、ジンクスがあるって。だからベストフォーぐらいでいいんだよ」
「でも、勝ちたかったでしょ?」
結衣は父親の書斎で写真をプリントしていた。写真には、内村が写っている。
「そりゃあね……」
「今、内村くんの写真、印刷したの」
「試合のときの?」
「最後のバッターを打ち取って、ガッツポーズしてるよ」
「見たいな」
「後で写メ、送るね」
「甲子園のマウンドに立った写真、撮ってほしい……」
「うん……あのボールに書いた、三文字……」
「甲子園!」
翌日、結衣は写真データを写真屋さんでパネルにした。マウンドが甲子園だろうと県立球場だろうと、結衣はどこでもよかった。投げる姿、打席に立った姿、合計三つのパネルを部屋に飾った。
栄翔高校新聞には内村の写真とインタビューが掲載された。マウンドに立つ内村の写真は、水橋玲奈が撮った写真だ。いい構図だと結衣は思った。
スポーツ系部活動の撮影のため、写真部が部室に集まることは殆どなかった。それぞれ写真の現像のために立ち寄る程度だった。連絡事項は掲示板に書いてある。
【6月15日 ミーティング 絶対来るように】
水橋玲奈とは部室でなかなか会わない。野球部専属カメラマンに徹している。NHD杯野球大会は学校を休んで野球場に行った。
結衣は、水橋の存在が気になったが、内村との気持ちが通じ合っていたので考えないようにしていた。内村は人気があり、女子からもアプローチがあることを内村は結衣に隠さなかった。内村のカノジョだということが世間に広まると、どんな中傷があるかわからない。ある程度の覚悟は必要だと思った。
その覚悟ができた途端、時々不審メールが入った。本文は見ないで削除する。小学校の頃から身についた習慣だ。
〔死ね〕〔殺す〕
件名にこんな言葉が並んでも、即座にデリートする。慣れとは怖い。ただ、不審メールの受信拒否設定をしているにもかかわらず、嫌なメールが来るのには辟易した。
結衣の脳裏に、広域公園での水橋の姿が浮かぶ。あれは水橋に違いないと、後から感じた。グラウンドでの部活撮影のとき、レンズを通して見た水橋の表情と一緒だった。
内村と自分のことを、水橋が周囲に吹聴している可能性もあった。しかし、そうであっても、それは責めないことにした。いいこともあれば悪いこともある、と父親はよく言う。いいことが悪いことよりもちょっとだけでも多ければ、それは幸せだと……。
内村が自分を好きになってくれたことは幸せなことだ。その幸せが大きければ大きいほど、不幸せなことも比例して自分にやってくるだろう。不幸せな出来事をどう防ぐか考えたとき、結衣はただひとつ、何があっても不満不平を言わず、だれも憎まない、うらまないことが大切だと悟った。
水橋が内村のことを好きだとしても、自分がしっかりしていればそれですむ。内村の心変わりがあるかもしれないが、それも仕方のないことだ。悲しいけれど。
(恋愛すると、いろいろ考えるなあ……)結衣は思った。




