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写ガール 〜神谷結衣の純愛恋写  作者: 瀬賀 王詞
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第2章 1 『タッチごっこ』めざせ甲子園!

 NHD杯野球大会が始まった。

 三校時が終わるころ、結衣の携帯電話にメールの着信があった。休み時間になって開くと、【勝ったよ!】の文字が届いていた。

「どうだった? 野球部」佐和子が訊いた。

 結衣はにんまりと笑った。

「一回戦だもんね。楽勝だよね。見せて、メール……」

 佐和子は結衣から携帯電話を奪い取った。

「【勝ったよ】だけか。ハートマークぐらいつければいいのにね、内村。結衣、今度わたしが指導しとくから」

「いいの。そんなの、別に。返してケータイ」

「もう少しわたしたち親友に感謝してほしいな」

 内村昇平の携帯電話のメールアドレスを、結衣に教えたのは、佐和子と栞だった。

「ありがと……佐和子、栞」結衣は携帯電話の画面を見ながら言った。

「栞はここにいないけどね……まあ、よかったよ、あの結衣が普通に恋愛してくれて。こんなにふわふわしてる結衣は初めて」

 結衣は内村に返信メールを送った。

「なんて送ったの? 見せて」佐和子は携帯電話をのぞき込んだ。結衣は隠す。

「ちゃんと、愛してる、とか入れたでしょうね」そう言って結衣をからかう。


 写真部は新聞部へ写真を提供している。県大会のある時期は、部員を割り振り、取材活動をする。まどか部長は、担当したい部活動があったら事前に言うようにと言っていた。結衣は野球部を担当したかったが、口に出せなかった。ただ、野球部を希望した者がいたかどうか、まどか部長に訊ねてみると、いたと言う。それで諦めた。

 火曜日に割り振りが発表され、結衣はテニス部担当になった。野球部担当の発表に耳を傾けると、

「水橋さん……野球部は水橋さん」とまどか部長が言った。

 その日から県大会までは部活動の写真撮影に入った。新聞部と一緒に取材することもあった。インタビューなどの取材は、キャプテンや注目選手の顔写真を撮ればよかった。もう一つの目的は、やはり「スポーツ」をテーマにした撮影活動だった。躍動感あふれるスポーツ写真を撮る。夏休みに、またフォトバトルが計画されていた。

 部員は、割り当てられた部活動に密着して撮影する。練習も、試合もだ。

 結衣はテニス部のキャプテンにあいさつに行った。すると、キャプテンはわざわざ練習を止め、結衣を部員に紹介した。「よろしくお願いします」と双方で言った。

 コーチ席のあたりに結衣の席が用意してある。カメラをスタンドに立て、何枚か撮影した。結衣は、選手の気が散るのではと気を利かし、コートサイドの土手に場所を移した。

 グラウンドを見わたすと、練習に汗を流す選手たちのはつらつとした姿が見えた。気合いの入った声が飛び交う。若者の生気が空にほとばしり、空の青をより青く染めているような気がした。結衣は、そんな同世代の若人を、うらやましい気持ちで眺めた。結衣は運動が苦手なわけではない。脚は速いほうだ。中学校では、佐和子と同じ陸上をしていた。父親の影響を受け、趣味で写真は撮ったが、たまたま全国フォトコンテストで最優秀賞を受賞したことが、写真部入部のきっかけになった。

(写真部に入ってなかったら、何部に入ったかな……)と考えてみる。

 野球部が見えた。内村の姿を追う。

(野球部のマネージャー?)そう考えて照れ笑いをした。

 グラウンドにいくつか黒いシャツが見える。写真部のユニフォームだ。野球部担当になった水橋の姿もあった。水橋はカメラを首にかけ、時々構えてシャッターを押す。

 結衣も撮影に戻った。テニスはラケットを強く振る。そのスピード感を撮すのが大事だ。絞りを緩めるとピントがぶれるので撮影は難しい。結衣は百枚近く撮影して、何枚かベストを残した。

 一通りテニス部の撮影が終わったところで、結衣はやはり野球部が気になった。内村の姿を追わないわけにはいかなかった。テニス部の写真を撮りながらも、心のなかでは絶えず内村の姿を意識していた。

「水橋さん、野球、好きなんだ……」と結衣はつぶやいた。

 水橋はカメラを三脚に据え、撮影に没頭していた。

 結衣は、二百ミリの望遠レンズに付け替えた。内村の姿をレンズで捉えた。マウンドに駆け上がる内村。ピッチングを始めたが、結衣には背中しか見えない。それだけでもよかった。結衣はシャッターを数枚切った。

 水橋が移動するのが見えた。ちょうど結衣の対面にカメラを構えた。ピッチングをする内村を撮影するためだろう。結衣のレンズに、水橋が入ってきた。水橋の表情が見えた。

【内村昇平】

 寺院撮影のとき、水橋が結衣に言った言葉が耳元に蘇った。

(なぜ、内村くんは、水橋さんにわたしの写真を依頼したんだろう?……)

 同じ中学出身だから―そう考えていた。クラスメートだったかもしれないし、友達だったかもしれない……。でも、まさか……。

 結衣は望遠レンズをさらにズームインし、水橋の表情を追いかけた。内村を追いかけるその瞳には、結衣と同じ炎が燃えていた。

 内村を撮影している、その水橋のレンズが、結衣のレンズに向けられた。結衣は一瞬カメラから目を外した。もう一度ファインダーを覗くと、水橋の顔が見えた。水橋は結衣を見ている。その凛とした表情に、結衣は水橋の決意を感じ取った。

 望遠レンズを内村に戻すと、外野を振り返った内村の顔が写った。シャッターを切ろうとした結衣だが、ためらった。

 水橋が動いた。結衣はカメラをバッグにしまった。

 テニス部のキャプテンにあいさつをしようと思ったが、練習に熱が入っていたので、一礼して踵を返した。

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