プロローグ
天才カメラマン神谷結衣と、野球界の逸材内村昇平。
ふたりがカップルになったとき、神様さえもがうらやましがったのか。
甲子園目前の昇平に不幸が襲いかかる。
神が与えた試練なのか。
すれ違う結衣と昇平。
しかし、結衣の撮った写真がふたりを救う。
写ガール神谷結衣の才気が映える。
会議室では五人の雑誌編集者が腕組み。三ヶ月後の八月号に掲載する記事について知恵を出し合っている。
「夏真っ盛りだから、さわやかな、涼しげな内容にしたいわね」
「去年と同じですよね」
「いいんじゃない? すこし視点をかえればさ」
「去年は、夏の風物詩がテーマだった。涼しさを感じさせる写真を募集したのよね」
「何年か前もそうだった。ちょっとマンネリね」
そこへ女編集長が入ってきた。「ごめんなさい、席を外して……」眼鏡をかけ直しながら、足早に席に着いた。
「編集長、便秘、まだ治らないんですかあ?」
「治ったわよ。治ったから・・・すごいのが出たのよ」
「いいなあ、すごいの、出て。こっちは発行部数を増やすアイデア、新企画、どっちもなっかなか出ません……」
編集長は、立ち上がって既刊の雑誌が並んだ本棚に向かった。三年間に発刊した三十冊以上の雑誌から、何冊かを取り出し、ページをめくる。五人の編集者は、編集長の言葉を待った。
「こんなときは、原点に返りましょう」と編集長は言った。「温故知新。みんなも、これまで刊行した雑誌を読んでみて。なにか、アイデアが出るかも」
編集者は立ち上がって、それぞれ思い思いに既刊号を手にした。
「わたしたちが作っている『写女』は、写真をこよなく愛する女性を応援してきた。『写ガール』という言葉も人口に膾炙してる。発行部数は十万部。あの『写ガール』にもう一歩なの。追いつき追い越し引っこ抜くには、もうひとつなにかがほしいの。もうひとつ……なにかが……」
編集長はつぶやくように言った。
「かわいい、この子……」ひとりの編集者が,開いた雑誌に目を近づける。
「今はそんなことしてる場合じゃあ……」
「どの子?」
「ほら、これ。二年前の十一月号。全国フォトコンテスト……ジュニア部門最優秀賞の特集記事だわ。受賞したこの子、中学二年生の……」
「神谷結衣、でしょ?」編集長が言った。
「なんでわかるんですか?」
「覚えてないの? その特集のあと、問い合わせがいっぱい来たじゃないの」
「ああ、思い出した……」
しばらくの沈黙を置いてから、編集長は既刊号を机の上に並べた。
「みんな、三年間の『写女』の表紙、ここに全部並べて……」
編集長の言葉に、五人は慌てて動き出した。三十冊の『写女』の表紙が机の上に並んだ。
「いまいちね……」
編集長の言葉を聞いた編集者は、編集長の言わんとしていることを理解した。
「表紙が、ですか?」
「編集者が女ばかりだから気づかなかったけど、表紙にはもっとかわいい子、きれいな子を使わないといけなかった……」
「雑誌を買うのは、ほとんど女ですよ、編集長……」
「それでも、雑誌であるかぎり、ビジュアルにはこだわるべきだわ。みんな、これまでの雑誌から、これだっていう写ガールをピックアップして。表紙に使ってもいいし、専属カメラマンとして、写真の寄稿をお願いしてもいい……」
「編集長、わたしもう探しましたあ。この、神谷結衣ちゃんが気に入りました」
「最優秀賞を受賞してるから、腕も信頼できるわね。ちょっと、見せて、その記事」
編集長は、雑誌を受け取って椅子に座った。編集者五人は必死になって雑誌のページをめくる。
「神谷結衣か・・・」編集長は、顔写真を見てつぶやいた。「なんか、不思議な子だったな。もう、高校生になってるのか」
記事は、編集長がまだ編集者だったとき書いたものだった。