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望みの竜

作者: 田中 友仁葉

冬童話2016のときに書いたものの提出が遅れたものです。

童話という割には少し子供向けではないかもしれませんがお読みいただけると幸いです。

奈津喜村


この村にはこんな伝説がある。


『山の麓にある縄で閉ざされた洞窟。 その中の祠には一匹の竜が居り、魂と引き換えに何でも願いを叶えるらしい』


とはいえ魂を差し出してしまえば願いも何も意味がなくなるだろうということで、大半の住人は作り話と思い込んでいた。


「……っ!!」


しかし、こうして偶に物好きが度々顔をのぞかせることもある。


「なんのようだ童よ(今回はただの興味かそれとも……)」


「……あ、あの神さま! お願いがあります!」


「……(そっちか)」


見ると子供は10行くか行かないか程の見た目。

まだ若すぎるため、断ろうとしたが


「……済まないがそれはーー」


「友達をくださいっ!!」


「……っ」


あまりにも私的な頼みで口籠る。


「……汝は魂を渡すという行為が何を示すか分かっているのか?」


「……いえ、ただ……死ぬということはありえません」


「なに……?」


「もしそうであれば、逆説的に考えて伝説を伝えるものがいなくなりますから……違いますか?」


恐る恐る尋ねる少年はこちらをゆっくりと見上げた。


「若いのに考え方はしっかりとしているのだな、ああ間違いではない」


「ではどういう……?」


「……そもそも魂を渡すというのは人間が勝手に考えたことだ」


「えっ?」


きっと何かの戒めだろうがこっちには全く関係のないことである。


「で、友達が欲しい……か。 汝は学校は行ってないのか」


少年は首を横に振る。 訳ありらしい。


「……いいだろう。 なら願いを叶えよう」


「いいんですか!」


「ああ、また来るがいい」


「えっ? それってどういう……」


首を傾げる少年に諭すように言ってやる。


「妾が代わりに友達になってやろう」


*****


長い間一人だった。


暗く冷たい穴の中で何年も何年も籠りきり、尋ねるものは誰もおらず。


山の水が染み出して作られた水面に映るのは白いバケモノだった。


白い長毛を垂れ下げ、空間を丸ごと埋める大きさ。人間にはドラゴンといわれる存在。


それが自分自身だった。


少年は神様と呼んだが、そんな大それた存在ではない。


敢えて言うならば……『愚者』が相応しいだろう。


*****


あれから数日


「……それはなんだ」


「ボール」


「バカにするな。 なんで持ってきたかと聞いている」


風里(ふうり)と遊ぼうと思ってさ」


風里というのは少年がつけた呼び名である。 頑なに名前を教えるのを拒んだら勝手につけられた。


少年はボールをこちらにポンと蹴り飛ばすが、背中の長毛が衝撃を吸収する。


「こんな穴の中で危ないだろう」


「なら風里も外に出よう」


「そんなことすれば村が大変になるだろう。 こちらとしても騒がれるのは困る」


「それもそうか」


少年は諦めて一人でリフティングを練習し始めた。 下手くそである。


「そんなことして楽しいのか?」


「野球にする?」


「やめろ余計危ない。ドラゴンスレイヤーになるつもりか」


少年はそれもカッコいいかもねと冗談めかして笑った。


「……お前、怖くないのか?」


「怖いって風里が?」


「ああ、妾から見れば人間も虫もみんな同じモノ、殺すことだって躊躇しない」


「嘘。 だって、俺のことを汝からお前に呼び名変えたでしょ。 若干でも関係は深まってるはず」


相変わらずの観察力だ。


「お前、名前は」


少年は蹴り上げたボールをなんとかキャッチすると笑って答えた。


(のぞみ)(さかき) (のぞみ)だよ」


「女みたいな名前だな」


希は怒って身体を叩くが、痛くも感じもしなかった。


*****


さらに数日後


(……雪か)


ただでさえ寒いこの洞穴も雪が降ればなおのことだ。


流石に今日は希も来ないだろう。


そう思っていた。


「……風里……来たよ」


「っお前来たのか!?」


「うん……今日は冷えるね……」


見ると希の顔は冷えてしまって酷いことになっていた。


「……おいこっちに来い」


「え?」


有無を言わせる前に希の身体を尻尾を使い身を寄せる。


「……あったかい」


「こんなに身体を冷やして、お前はバカか。 人間は想像以上に丈夫じゃないんだぞ。 自分の身長の高さから落ちるだけでも死ぬことがあるのに」


「……それは今関係ないよ……」


一つため息を吐くと、うとうととする希にとっておきの話をすることにした。


「お前はナツキを知ってるか」


「……奈津喜村?」


「いや、那月だ。刹那の那に暦の月」


希は寄せる身体の中で小さく首を横に振った。


「そうか、やはり知られてないのか」


「風里?」


「いや、何でもない。 じゃあ少し話をしていいだろうか」


既に希は返事もせずに身体を温めようとしていたので、構わず話すことにした。


……

…………


昔、この奈津喜村がもっと人口が少なく小さな集落だった頃、ダムの建設により水の底に沈んでしまうという話が持ち上がった。

住人は必死に反対したが政府は受け止めることもせずに建設が始まってしまい、もう止めることはできないという段階にまでなってしまった。

ほとんどの住人が諦めていた中、二人の村人が祠に祈りを捧げに行った。

その祠は村唯一の土地神がいると言われている場所であり、二人は神に最後の頼みを聞いてもらおうとしたのである。


神は二人の願いを聞き入れると、片方の村人の魂と引き換えにダムに土砂の雨を降らせることで建設を中止させた。

その少女の名前はーー


「……」


「……こら、こんなところで寝るな」


「……ん、ごめん。 話の途中だったよね」


「いや、気にするな。 どうせただの民話だ。 ともかく今日は早いうちに帰れ。 今なら降雪も少ない」


希は頷くとモゾモゾと這い出ようとするが、すぐに引き返して身を埋めた。


「ひぃ寒ぅ……」


「寝るからだ馬鹿者」


翌日、希は話の続きを訪ねてきた。

どうやら村の方では、ちょうどその辺りで話が終わっていたらしい。


とはいえ、話すようなことでもないので適当にしらばっくれることにした。


*****


ーーねぇ、○○○○。


ーーどうしたの那月?


ーーもし村を助けられなかったらどうするの?


ーーできなかった場合なんて考えたくないし、そもそもそんなの考えてなんかないよ。


ーーそっか、○○○○らしいね。


ーーでも


ーーん?


ーーもし無理だったら、そのときは命を投げ出しても救ってみせる。


ーーはは、かっこいいね。


……

…………


また懐かしい夢を見てしまった。


こんなこと早く忘れたいと思うが、やはり『こんなこと』では済まされないようだ。


……やはり贖罪なのだろうか。


……当たり前か、そうでなければ死ぬことさえ許されないわけがない。


「風里ーっ」


まあ今はこのことはいいだろう。


「また来たのかお前」


「風里がいつでも来ていいって言ったんでしょ。 来るたび同じこと言わせないでよ」


「そうだったか……」


「なんで目をそらすのさ!」


希がぽこぽこと身体を叩く。 無論痛くない。


「こら、やめないか。 そんなことしても疲れるだけだ」


すると、ふと希の腕の辺りに痣ができているのに気がついた。


「お前、腕怪我してるぞ」


「えっ? ……あっ!? こ、これはえっと……ここまでくるのに転んじゃって」


転んだ怪我程度でそう焦る理由は分からないが、本人が触れてほしくなさそうなので「気をつけろよ」と一言だけ告げて受け流すことにした。


*****


『山の麓の穴の中には竜が住んでいる』


ダムの話を聞いて最初にこの民話を挙げたのは那月だった。


その頃はまだ願いとか代償とかそういうものはなく、ただ単純に『存在する』という噂があっただけだったが、それでも那月は「竜なら村を守ってくれるはず」と張り切っていた。


ただもちろんそんな話に乗る人なんて誰もいなかった。



……いや、ただ一人だけいたか。




……

…………


希が一週間来ない。


来ない日の方が珍しかったこともあり、一週間となると何かがあったとしか思えない。


とはいえ、人間の事情に勝手に首を突っ込むべきではない。 もしかすれば、家の手伝いが忙しいとか学校の友人ができたといったことなのかもしれない。


それなら、そっちの方がもちろん良いだろうし、それこそこっちが関与することではない。


……が


……


……


……ザッ


「希か!?」


「……ごめんね。 暫く振りで」


私は目を剥いた。 そこにいたのは全身傷だらけになり変わり果てた希の姿だった。


「その傷は……村で何があった」


「これは……その、斜面でこけてーー」


「村で何があった」


「それは……」


……私はため息をつき、口調を変えて告げた。


「何か思い悩むことがあるかもしれないが、妾……私はお前が危惧するようなことはしない。 ただそのような姿になった《本当の》理由を教えてほしいだけだ」


希は一瞬葛藤するような表情を見せたが、諦めたように話しはじめた。


内容は私が思ってた通りのことだった。


人の最なる敵は人である。


「虚言吐きとして攻撃の的になったのか」


そして、学校で閉じ込められて帰れない日も多くなったらしい。


「……」


「よく耐えたな、今は何も言うな。 ただいるだけで満たされるのならいくらでもいるがいい」


……とはいえ、不審な点が一つ。


「(普通学校のイジメで監禁までするだろうか……?)」


気になるところだが、この状態で話を聞くのは難しそうだ。


今は側にいるだけにしておこう。


……

…………


気がつけばもう外は真っ暗になっていた。


「おい起きろ」


「……ん、え?」


「もう遅いから帰るがいい。 学校が嫌ならまた来ればいいから」


「……やだよ」


そう言い、希は体を私に埋めた。


……まあ仕方ない。 どちらにしろ冬の夜の山の中を一人で帰らせるわけにもいかない。


今日は大目に見てやることにしよう。


*****


二人で集落を出て数十分、ようやく那月と穴に着いたが、其処には小さな祠がポツンと一祠だけ設置されているだけだった。


「……竜いなかったね」


「……那月、落ち込むことないよ」


「……は、はは。 落ち込んでなんかないよ」


「……」


私たちはその後、少しでも御利益があるようにと祠を掃除をすることにした。


……

…………


「綺麗になったね」


「……うん、でも御供物があればよかったんだけどなぁ」


あいにくお菓子も財布も持ってきていないし、この辺りで花が咲いてる様子もなかった。


「まあ仕方ないよ。じゃあ土地神様にお祈りしよう」


「うん」


*****


その日、希が帰って以降私の元に来ることはなくなり、そのまま次の冬が来ようとしていた。


彼はもう大丈夫だろうか。 学校の普通の生活を送れているだろうか。


心配しても仕方ないことはわかっていても、どうしても気になってしまう。


そういえば、希から母の具合が悪いという話を聞いたことがあった。 悪化したのであればイジメも何も関係なく来るのは難しくなるだろう。


そんなことを思っていると、突然ポンという心地の良い音が穴の中に響き渡った。


「希っ!?」


身を起こし、周りを見回すとサッカーボールが転がっていたが彼の姿はどこにも見当たらなかった。


忘れていったまま1年間気づかなかったのだろうかと思い、ふとボールを拾い上げる。


ーーそして、私の顔を歪ませた。


『た す けて ふぅ り』


酷く歪んだその字を見て、私は穴の外を睨みつけ、そして小さく呟いた。


「……那月、今回は頼ってもいいかな」


*****


掃除した祠に祈りを捧げ終えた私と那月が目を開けると、そこは外の光もない真っ暗闇だった。

しかし、不思議なことにすぐ隣にいる那月の姿はハッキリと見えていたのだった。


『よくきた人間の子よ』


「っ土地神様!?」


那月が声をあげ、私はハッと目を見開いた。


『汝は何を求める』


腹の底から響くような低い声に何も言えない私の代わりに那月が答えた。


「この村を、私の村を救って欲しいです!」


『代償は』


「……え?」


『代償は用意できているのか?』


代償とは何か。 そう尋ねると土地神と名乗る声は律儀にも答えてくれた。


『この世の全ての其々には秩序、理が存在する。 それを強引に変えるとなればそれ相応の代償が求められる。 村の未来の存続を求むとなれば、少なくとも人間二人の魂魄が必要となる』


那月をそれを聞き、私の方を見たあと何か言おうとしたがそのまま口を閉じた。


「……那月」


「……ごめんね、ダメそう。 もう○○○○を巻き込むなんて嫌だもん」


泣きそうな顔の那月を私は抱き締めた。


「……那月が村のために覚悟があるなら私も身を投げてもいいと思ってるよ」


「え? ……で、でも私だけならともかく○○○○まで巻き込むなんて……!!」


「いいんだよ。 だって私たちは友達でしょ?」


抱き締めていなければ、泣いていたのがばれていたかも知れない。


いや、無駄だったか。


理由に、那月の体はヒクヒクと震えていたのだった。



……

…………


『話は纏まったか』


「はい、私たち二人が生贄になります」


『いいだろう。 では汝に土地神(・・・)を命ず』


「……え?」


すると何も言わせずに、私の体と那月の体は光り始め、何が起こるかわからない恐怖に二人で身を寄せた。


「那月……!」


「……ごめん、本当にごめんね」


そして、周りが何も見えなくなるその瞬間を最期に、彼女から聞けた言葉は絶たれた。


「……こんな友達でごめんね。 ……(のぞみ)


*****


竜の姿から生前の那月の姿に変わった私は、水に映る自らの姿に精神的なダメージを受ける。


私は那月ではない。 那月はもうこの世界にはいないのだ。


私の魂と那月の魄が混ざり合った私はその嫌悪感から姿を変えることを許可してもらった。

その結果があの白い竜。 那月の魂を具現化させたものになったのだ。


数年振りの外は私が人間だった頃とは全然違うものになっていた。


「あの日からたった『10年』……。 それだけでこんなに変わるものなんだ……」


足場の悪い道をヒョイヒョイと飛びながら村に着くと私は絶句した。


「(……ひどい)」


人は殆ど外には出ておらず、目に見える人間は全て虚ろな目で苦しそうな顔をしている。


「(一体何があったんだろう?)」


ともかく情報が必要だ。 もう少し探索をしてみることにした。


……

…………


診療所近くを歩いていると遠くに見覚えがある顔が見えた。


「希っ!」


「え……お姉さん誰?」


私は自分の姿のことを思い出し、あっとなった。


「私だ。 呼んだのはお前じゃないのか?」


「え!? 風里!?」


「聞きたいことは幾つかあるだろうが……まずこの現状のことについて教えて欲しい」


「う、うん」


……

…………


私たちは寒空の中、公園のベンチに腰を下ろして話を始めた。


「実は昨年の今頃、丁度村から出た従兄弟が海外旅行から帰省した頃くらいからおかしなことが続いてたんだ。 学校の生徒の半数が暴力的になったり、お母さんが病気で寝込んだり、なぜか役所に誰もいないこともあった。 車の少ない田舎だというのに事故も多発したし、犯罪も至る所で起こってた」


「……そんなことが」


「理由はまだ不明と言われてるけど……風里ならもう察しついてるよね」


「……まあな」


ーー感染病。


もちろん私はウイルスにも病気に詳しいわけではないが、精神的な影響を起こす種類もいるというのは何となく知っている。


希の従兄弟が海外から帰ったタイミングだというのを加えて考えると、その可能性は考えられるだろう。


「……それにしても風里って女の子だったんだ」


「男だと思ってたのか?」


「あ、えっと……ごめん」


「いや気にするな。 しかし、お前は無事なんだな」


申し訳なさそうにする希に私は話を反らす。 重い空気を濁すつもりで言ったのだが、失敗したらしい。


「俺は大丈夫だけど……もう何人もクラスメートが町に送られてる」


「……特効薬やワクチンはないのか?」


「なんの病気かわからないしなんとも……」


不明の感染病。 ワクチン、特効薬は未完成。 総合病院までは1時間以上もある村。どれを取って考えても、絶望的だった。


……しかし、このままでは


「風里。 これからどうすればいいのかな……?」


……また大切なものを失ってしまう。


……私はいいのか、それで。


「……んなのいやだよ」


「……風里、何か言った?」


「……希、お前は何を望む」


この手を使うのは絶対に嫌だった。


……でも、今の私には迷いはないし、後悔をする気もない。


「……いずれこの村は病気が蔓延り、壊滅することになるだろう」


「……」


「……お前の願いはなんだ?」


希はとても優しい子だ。

私が泣いていることに何も言わないでいてくれるのだから。


「俺は……この村を助けてほしい。 みんなを助けてほしい!」


希の言葉を聞き、私は一目散に穴に戻った。


希を置いて行った私は祠に手を当てて祈りを込める。


「……『村民の望み、此処に聞き入れたし』」


*****


数分後、後を追ってきた希が私の元に来た。


「風里、突然どうしたの!?」


「……いや、もう用は済んだ。 村は救われただろうし、また村へ下りようと思う」


「え、本当に!? なんだ……追いかける必要なかったじゃん……」


へたり込む希に私は竜の姿で声をかける。


「乗っていくか?」


「へっ?」


……

…………


この姿で空を飛んだのはいつぶりだろうか。 4、5年ぶりかもしれないし、もしかしたら今まで一度もなかったかもしれない。


しかし、この風を切る心地よい感覚というのはなかなかに味わえないものだと思う。


「希、寒くないか?」


「凄いよ! 俺、空飛んでる!」


「そんなことを聞く方が野暮だったか」


私は村の中でも人目の少ないところに降りると、希を下ろしてから人に姿を変えた。


「希、なにボサッとしている」


「え? 髪がボサボサなのは空飛んだからで……」


「そうじゃないだろ。 ……はやく母親のところに行け。 気になっているんだろう?」


「……うん。 空飛んでる興奮よりも正直焦りの方が勝ってた。 送ってくれてありがとう、風里」


私は走り去る希を見送り、黙って祠へ戻った。


…………

……


ーー風里ー。 先に帰らないでよもう。


ーーそうそう、村のみんな全員病気治ったよ!


ーーお母さんもすっかり元気になって、またお弁当作ってくれるようになったんだ。


ーー学校のみんなとも仲直りと同時に友達になってさ。 今度一緒にサッカーする約束もしたよ。


ーー全部風里のおかげなんだよね! ありがとう!


ーーねえ風里! どうしたの!?


……

…………


「……風里?」


*****


世の中の理に手を加えるのにはそれなりの代償が必要となる。


私は自身に残ってる魄を代償に村を救った。


今、私は無の中にいる。


黒い世界……いや白いのかもしれない。


そんな中で私は(わたし)の姿で立ち尽くしていた。


「ここは……」


『……望』


「っ!? だれかいるのか?」


すると、だんだんとはっきりしてきた声に私はハッとした。


人間の記憶は声から忘れるというが、これは決して忘れることがない……忘れられない記憶。


「那月……なの?」


『……望、久しぶりだね』


「那月……私……私っ!」


『……泣かないで。 私はちゃんといるよ』


姿は見えず声しか聞こえないが、確かに彼女はすぐそばにいるような気がした。


『……私、ちゃんとすぐそばにいたんだよ。 でもね、会えなかった』


「……那月」


……そうか。


……土地神になったのは私じゃなくて


『望。 まだ貴方には生きててほしい』


「……でも那月!」


『私は生きてるよ。 ……ずっとそばにいるよ。 だから、望もそばにいるべき人に会いに行かないと』


「……那月」


すると、触れられない何かが私の身を抱いてくれているような気がした。


『……望、わたしは貴方に会えてよかった。 こうして話してるだけでも泣きそうなくらい嬉しい』


「……わたしもだよ。 でも泣かない、こうしてやっと会えた那月に笑顔しか見せたくないもの」


『うん、望は変わらないね』


「そっちこそ」


目の前が鮮やかになっていく。


別れの時間が来たようだ。


「那月はこれからどうするの?」


『うん、望を……この村のみんなを見守り続けるよ。 望は?』


「私は……もうちょっと生きるのも悪くないかもね」


『おっけー。 楽しい人生を送っていってね』


世界が消える瞬間。 わたしは那月が見えたような気がした。


それは、目に涙を溜めていて、なお眩しい笑顔を見せる懐かしい彼女の顔だった。


*****


数年後


役所を出た私の足元に一つのボールが転がってきた。


「すいませーん」


「ん、君のボールか。 高校生?」


「はい、サッカー部の練習で」


「へぇ、なんか見せてよ」


すると、少年は一瞬困惑した表情を見せたが、さっそくリフティングをしてみせてくれた。


「おお、上手くなったんだね」


「上手くなったって……お姉さん、俺に会ったことありましたっけ?」


「ん? そんなこと言ったかな? そうそう私ね、あそこで暮らすことになったから宜しく」


「あそこって俺の家の前じゃないですか!?」


驚く少年に私はクスリと笑いを漏らす。


「じゃあご近所さんだ。よろしくね……えっと」


「あ、榊 希です。 お姉さんの名前は?」


「そうだなぁ……うん、風里(かぜさと) (のぞみ)ってとこかな?」


「とこかなって……」


呆れる少年に私は続けて尋ねた。


「ところで私の名前で気がつくことはない?」


「えっ!! ……気がつくことっていってもなぁ」


考える彼の顔は成長した彼女を彷彿とさせた。

すると、彼は懐かしい何かを思い出したかのような表情になり、何処と無く得意げそうに答えた。


「男みたいな名前ですね」


私は少し苦笑すると、あの日やられたように希の頭にゆっくりと手刀を下ろした。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

冬童話祭が始まった際には投票頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] いい話でした。 短いながらもよくまとまっていて読みやすかったです。
[一言] 中学生の私でも楽しませていただくことができました。ファンになってしまいました(笑)ありがとうございました。
2016/12/03 17:20 退会済み
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