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後日談2「実家に帰らせていただきます・6」

 荒い息を何とか落ち着かせて、男は周囲を見た。倒れているのは片手では足りない数だ。連れて帰るのも一苦労だろう。

「くそ、何人やられたんだ……なんなんだ、この女」

「さすが、ヴァロア公爵家の妻ってことだろう」

 冷や汗を拭った仲間の答えにぞっとした。ヴァロア公爵家で怖いのは使用人達だ。つまりこの惨状は序の口なのだと思うと、今更ながらに恐ろしくなる。

「ヴァロア公爵家を今、敵に回すのは愚策かもしれん……ヴァリエの二の舞だ」

「じゃあどうするんだ、この女。ここに放置するのか」

「冗談じゃない! むしろ人質にしてマリベル王女と交換すべきだ」

「――ちょっと待て。ヴァロア公爵夫人は、確かメディシス王家の第二王女でもあるだろう」

 途中で異変に気づいてやってきた増援に後ろから殴られて昏倒したヴァロア公爵夫人を見る。

「ああ、確かにレジーナ女王の妹だな。ずいぶん甘やかしていると聞いたが……」

「……いい考えが浮かんだぞ。この女を人質にとって、ヴァロア公爵家に圧力かける」

「マリベル王女との人質交換か」

「いや、そうじゃない。ヴァロア公爵家をメディシス王家に刃向かうよう仕向けるんだ」

 息を整えて冷静になった面々は、もう一度ヴァロア公爵夫人を見る。

「従わずに夫人を見捨てたら見捨てたで、レジーナ女王に妹の死体を送り届ける。従えば当然、メディシス王家との関係は悪化する。どちらでも確実に両者の関係に亀裂が入ることになるはずだ」

「……最終的に、ヴァロア公爵領にメディシス王国軍を攻め込ませるのはどうだ。その隙にマリベル王女は殺してしまえばいい」

「なるほど、これでマリベル王女をオルゴーニュの平和の象徴になどと考えた奴らの計画は潰えるな。ついでに平等革命に従わなかったメディシス王家もヴァロア公爵家がいなくなれば弱体化する……」

 急場で考えたにしては上出来にな案に、男達は頷き合う。

「……我らの革命に、貴族の力など必要ないのだからな」

 すべては平等な世界のために。




「アマ嬢の姉貴がこっちに向かってるってよ」

 帰宅した開口一番の報告に、オルレアンは思いきり顔をしかめた。

「……義姉上が」

「そう、レジーナ女王が」

「暇なのか」

 辛辣な言葉に、報告者であるカルトは肩を竦めた。

「元々近くまで視察に来てたんだよ。ついでに可愛い妹の様子を見にこっちに寄るって話だが」

「そんなわけあるか、マリベルのことがばれてるに決まってる」

「むしろ奥様の『実家に帰ります』発言がばれているのでは」

 オルレアンから外出用の外套とステッキ、帽子を受け取ったラムがほっほっほと笑う。

 げんなりした。

「それだけでくるはずが……くるかもしれないな」

「でございましょう。マリベル様が押しかけ妻をしていると聞いたらますます面白い、いえ大変なことになるのでは」

「あともう一つ、チェルト王子も一緒だってさ。またヴァロア公爵の座でも狙ってんのかねェ」

「ひとまず妻と会わせるな」

 オルレアンの即断に、カルトが目を丸くした。

「まさか嫉妬か? チェルト王子ってアマ嬢が好きなんだろ」

「お前はあの馬鹿と馬鹿による驚異的に馬鹿な会話を聞いたことがないからそんなことが言える!」

「あれー、帰ってきたのオルレアン様だ」

「奥様じゃない……」

 ひょいと階段上から双子のメイドが顔を出した。ちらとオルレアンはラムに顔を向ける。

「帰ってないのか、あの馬鹿妻は」

「ええ、実は。試食会はもう終わっている時間で御座いますが」

「きっとラートと一緒にさぼりだ……」

「ふん。夫の僕より遅く帰るとはいい度胸だ」

 さあ、帰ってきたらどうしてくれよう。笑うオルレアンに、ラムは目を細める。

「今日も楽しそうですな、坊ちゃまは」

「それで、革命軍の内情についての報告は」

「オルレアン様ぁ! おおおおお、奥様が奥様が!」

 玄関から飛び込んできた御者の姿に、ラムが顔をしかめた。

「なんですかラート、慌ただしい」

「奥様が誘拐されちゃった!」

 転がるようにオルレアンの前にきたラートが、握り込んでいたものを差し出す。

 そこにはいつも尻尾のようだと思っている妻の栗色の髪の毛が、一房だけあった。

 その髪を包んでいた汚い紙片が、はらりと落ち、誘拐者の文面をさらす。



 アマレッティ・ヴァロアはあずかった。

 彼女の命がおしくば今後、ヴァロア公爵家はこちらの指示に従え。

 まずは彼女が誘拐されたことを公爵家の人間以外に知らせるな。

 次に、レジーナ女王の



「捨てろ、ゴミだ」

 文面の途中で飽きたオルレアンの命令に、ラムが紙片を拾い上げて、尋ねる。

「どうなさいますか、旦那様」

「……マリベルはどうした」

「マ、マリベル様は無事だけど」

「オルレアン!」

 ラートが開けっ放しにしていた扉から、薄汚れた格好のマリベルが足を引きずりながら歩く。

 うわあ、とマリーが声を上げた。

「怪我してますよぅ、マリベル様」

「痛そう……足も……」

「わ、私はいいのよ! それよりあの子が、私を逃がして」

「マリー、ベリー。マリベルの手当てだ、あと部屋から出すな。護衛していろ」

 素っ気ないオルレアンの命令に、はぁいとマリーが返事を返す。マリベルはぽかんとしたあと、顔を真っ赤にした。

「そんな場合じゃないでしょ! 私を庇ってあんたの奥さんがさらわれたのよ!」

「だからどうした?」

「……どうしたって、あんたね! 自分の奥さんが」

「ラート、すぐに金に弱そうなオルゴーニュの司祭を運んでこい。最速で」

 オルレアンの命令に奥様がと叫んでいたラートが、目をぱちくりさせた。

「分かったー適当に誘拐してくるけど、奥様は?」

「カルト、オルゴーニュは一夫多妻制だな?」

「あー、ああ、そうだけどよ」

「大至急だ。馬鹿な革命軍の相手により、帰ってこない馬鹿な妻の方にお仕置きが必要だからな」

 は、とその場の全員が惚ける中で、オルレアンは口角を持ち上げて宣言する。


「僕はマリベルと結婚する」



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