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後日談2「実家に帰らせていただきます・5」

 アマレッティは焦っていた。突然刃物が突き付けられてびっくりしている間に、さっさとマリベルが立ち上がってしまったのだ。

(ど、どういうことでしょう)

 まさかマリベルは刃物に気づいていないのかと思ったが、『私だけでいい』という言葉から察するにそれはないだろう。

「ま、まさかマリベル様。アマレッティをかばって」

「喋るな」

 鋭く言われて、びくっと体が固まる。

(わ、私のせいです。プリン・ア・ラモードを食べたいばっかりに、寄り道をしたから)

 おろおろしている間にもマリベルが店を出て行き、遠ざかってしまう。その背中はしゃんと伸びて、まっすぐ前を向いていた。何かを覚悟したその顔に、アマレッティは立ち上がる。

「ま、待って下さいマリベル様! アマレッティもいきます」

「おい、不用意に動くと――」

「ごめんなさい!」

 謝ってから、アマレッティは男の手首をひねり上げ、手刀で刃物をたたき落とし、駆け出す。うめき声と周囲がざわめく音が聞こえたが、かまってはいられない。

(あ、でもお会計!)

 はっと気づいたアマレッティは店内の出入り口に立っている受付係に告げた。

「食い逃げじゃないんです!」

「は、はあ。――あの、あなたはヴァロア公爵夫人だとお見受けしますが……?」

「そ、そうです、そうでした! だからあの、あとは宜しくお願いしま――あ、あと、剣を貸してください!」

「はい?」

 ヴァロア公爵夫人の突飛なお願いに、受付係が首を傾げた。




 

「それで? あんたは何なの、王政復古賛成派? それとも反対派?」

 石畳の大通りを脇にそれ、路地裏に入ったところで待ち構えていた覆面の集団に、マリベルは仁王立ちして尋ねた。

「聞くまでもないか。王政反対派ね。革命軍も真っ二つに分かれて大変ね」

「黙れ、人民の敵」

「何が人民の敵よ。たかが十二の子供に」

 本当は足が竦みそうなほど怖かったが、決して態度に出ないよう、声を張り上げる。

「そんなだから、あんた達の主張は通らないのよ」

「オルゴーニュの王家が言えた台詞か!」

「よせ。さっさと縛り上げろ、ヴァロア公爵家に見つかる。一緒にいた連れは始末したんだろうな」

「やめなさい! あの子は関係な――」

 途中で口を塞がれた。ばたばた暴れたが、軽々と

(こいつら知らないんだ、あの子がヴァロア公爵夫人だって)

 年上なのにあの子呼ばわりしてしまうのは、守らなければと意思が働いたせいだ。

 それくらい、マリベルの中でアマレッティは頼りない。

 どっちがいいのか悩んだ。ヴァロア公爵夫人だと知れば人質にとるか、それとも手を引くか。そんな判断すら自分にはつかない。

 笑わせる。これで、オルゴーニュを建て直そうとしただなんて。

(でもせめて、私だけで)

「――マリベル様!! 見つけました、よかった……!」

 聞こえた声に瞠目した。マリベルを縛り上げようと荒縄と麻袋を用意していた男達が数人、一斉に声の主に目を向ける。

 息を切らしたその女性は、びくっとしたように止まる。どこから調達したのか両手に剣を持っていたが、震えているせいでただのお飾りに見える。ちょっと怒鳴ればすぐ落としそうだ。

 けれど、怒鳴られる前にアマレッティは叫んだ。

「ま、マリベル様を放して下さい!」

「――逃げ出してきたのか? 面倒だな」

 覆面同士が目配せをする。殺すか、と語っているのがマリベルにも分かった。背筋が凍るその状況で、アマレッティが一生懸命訴える。

「ヴァロアスイーツをお土産にあげますから!」

「……」

 ――ここで惚けた覆面の集団を咎める人物は誰もいないだろう、とマリベルは思った。

 だがおかげで口を塞いでいた手に隙間ができる。首を振って、大きく叫んだ。

「お馬鹿! 逃げなさいよ、殺されるわよ!」

「えっでも、マリベル様は私のお客様」

「いいから早く、オルレアンのところに――っ」

 ヴァロア公爵の名前に我に返ったのか、途中で殴られた。マリベル様、とアマレッティが悲鳴じみた声を上げる。

「黙れ!! お前は自分の心配だけしていろ」

「何もせず、ぬくぬくと贅沢だけを享受してきた小娘が――っ国民の痛みを知れ!」

 そうだ、と興奮した声が上がる。今度は反対の頬を張られた。じんと頬がはれ、口の中が血でいっぱいになる。泣きたかった。でも泣けない。

 だって何もしてこなかった。

(でも、でも)

 じゃあ、私が何をしたの。

 そう口にはせずに、もう一度大きく振り上げられた大人の男の手を、ただ睨み付ける。

 ――悲鳴が上がったのは、その手が振り下ろされる前だった。

「っぎゃああああっ俺、俺の手が!」

「なんだ、何が――うわあっ」

 動揺が広がる前に血飛沫が上がる。掌を貫かれた男から転がり落ちたマリベルは、自分の前に両足を広げて立ちはだかった女性の背中を呆然と見た。

「――マリベル様は、私を助けようとしてくれました。何にもしてないなんてこと、ありません!!」

 ふわりと、甘い匂いのする髪が舞った。

 先程まで震えていた剣を両手は、もう震えていない。あっという間にマリベルの周囲にいた男達を三人、煌めく剣先でなぎ倒したアマレッティは、毅然と顔を上げる。

「マリベル様は、私のお客様です。それはつまり、オルレアン様のお客様です。そんな人をあなたたちは殴りました。絶対に許しません」

 別人のようなその顔に、マリベルは腫れた口を動かす。

「あ、あんた……」

「マリベル様、逃げて下さい。アマレッティがここはおさえます。オルレアン様が助けてくださいますから」

「で、でも」

「早く!! 全員は倒せるか分かりません!」

 アマレッティの前にはまだ十をこえる数の男達が並んでいる。

 必要なのは助けだ。自分がここにいても足手まといだと分かったマリベルは、立ち上がって駆け出す。待て、という言葉を塞ぐ背中を、一瞬だけ見た。

「私はアマレッティ・ヴァロア。オルレアン様の妻です」

 その名乗りに、男達は気圧されたように怯む。

「私がお相手します。マリベル様は、ヴァロア公爵家の客人ですから」

 それは紛れもない、ヴァロア公爵夫人の姿だと、マリベルは思った。


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