第17話「奥様のお手紙」
親愛なるお姉様へ
オルレアン様がおうちに帰ってこなくなってしまいました。もう一ヶ月以上、会っていません。
仕事と言っていたけれど、お元気なんでしょうか。アマレッティは不安です。だってお姉様もお忙しかったけれど、一ヶ月顔も見ないなんてなかったです……!
何より首がすーすーして、足が軽くて、落ち着きません……この間、ポワゾンさんというコックさんに不安でケーキが三つくらいしか頂けませんと言ったら『それはストックホルム症候群だねぇ』と言われました。私、病気なのでしょうか。どこかおかしいんでしょうか。
オルレアン様の秘密は調査中です。でもオルレアン様が私に何にも教えてくれないのが、悲しくなってきました。だっておかしいです、私はオルレアン様の妻なのに! それにオルレアン様に毎日三通お手紙出してるのに、お返事が一通もこないんです……。
お姉様、オルレアン様がどうしたらお返事を下さるか、お知恵をお貸し下さい。アマレッティの一生に一度のお願いです。メディシス博覧祭で会えるって言われましたけど、アマレッティは寂しいんです……。
そう、お姉様も火事には気を付けて下さいね。お部屋を直すのに一ヶ月もかかって大変でした。
オルレアンと一緒にラムもさっぱり姿を見せなくなった。オルレアンが連れて行ってしまったのだ。
礼儀作法や裁縫、語学やその他諸々の勉強はマリーやベリー、他の使用人達が引き続いて取り仕切ったが、アマレッティのやる気は今ひとつ出てこない。
「……きっと、首輪や足枷がないからなんです……」
自室に昼食を持ってきてくれた料理人に、アマレッティは淡々と説明した。
「あの首輪と足枷があったから、私は頑張れたんです……」
「ふふふ……成る程、なかなか興味深い自己分析だね。でもまだ足りないな、アマレッティちゃん」
肩まである白金の髪を料理人らしい繊細な指の動きで弄りながら、ポワゾンは色素の薄い水色の瞳を細めて唇を舐った。その様子をマリーとベリーが冷ややかに眺めている。
「ポワゾンさん、何で普通に奥様と同席してんのー」
「図々しい……給仕はしませんけどね……」
「首輪と足枷だけじゃない。オルレアン君が居ないから君は腑抜けているのさ!」
「しかも分かり切っている事を世紀の大発見みたいに……」
マリーとベリーが珍しく一言一句重ねて呆れた。オルレアン、という名前に条件反射したアマレッティの涙腺が緩む。
「オ……オルレアン様……私に、飽きてしまわれたんでしょうかっ……お手紙出しても返事もないし、山羊さんに食べさせちゃってるんでしょうか……!」
「あぁ、きっと山羊さんはオルレアン君を魅了する美しい白い肌を持ってるんだろうね……」
「え……ど、どういう意味ですかまさか山羊さんと浮気ですか……!?」
「話をややこしくするな!」
マリーとベリーがまたそっくり同じように怒鳴る。ふっとポワゾンは前髪を掻き上げて遠い目をした。
「だからこそ、燃え上がる、愛……!」
「もうやだ」
「訳分かんないこの人……」
「オルレアン様は……ちゃんとお元気でしょうか……」
馬鈴薯と人参、ラム肉が入ったシチューをぐるぐるスプーンで混ぜながらアマレッティはくすんと鼻を啜る。
「お菓子の試食で、死んじゃったりしてないでしょうか……」
「おーい、奥様。今日も手紙届けてきたよー」
帽子を脱いだラートがノックもなしに部屋に入ってくる。その不作法を注意する使用人は誰一人としていない。
アマレッティ自身も頓着せずに、椅子から立ち上がってラートを迎えた。
「お、おかえりなさいラート君……っオルレアン様は」
「来客中で直接は会えなかったんだ。手紙はラム爺に預けてきた。でも、じゃーん!」
得意気に、ラートが折り畳まれただけの紙を両手で掲げて見せた。
「今日はオルレアン様から返事をもらってきましたー! 僕、偉いだろ奥様」
「ほっ本当に!?」
「やったじゃないですか奥様!」
「本物なのそれ……」
「ほい奥様、どーぞ」
「は、はい。有り難う御座います……!」
震える手でアマレッティはラートから四つ折りにされた手紙を受け取り、開く。
皆もアマレッティの周りから興味津々で覗き込んできた。
『帰ったらシュークリームのぬいぐるみは極刑に処す』
でかでかと簡潔に書かれた文面を読んだアマレッティは、ばさりと手紙を床に落とす。
「そ、そんな……どうして……!」
「シュークリームのぬいぐるみって……何でそんな返事になるんだ?」
ラートの疑問にアマレッティははらはら涙を零しながら答えた。
「わ、私オルレアン様に少しでも楽しいお手紙を書こうと思って……私とシュークリームちゃんの大冒険を書いたんです……!」
アマレッティを囲んでいた使用人達は、皆、押し黙った。
「まさかこんな事になるなんて……な、何がいけなかったんでしょう……!?」
「うーん、あえていうならー」
「全てですね……」
「ええっ私とシュークリームちゃんがお菓子の国ヴァロア王国を救うお話なのに!?」
「でもオルレアン君はそれを全部読んだんだろうねぇ、だからこそこの返事なんだろう。ああ見えてあの子は律儀だ」
一人、椅子に座っているポワゾンが何故かウィンクを飛ばし、足を組み直した。
「手紙に全て目を通すなんて、それは愛じゃないか」
「そ……っそうですよね!」
「そうかなあ?」
素直に疑問を呈したラートの口をベリーが塞ぎ、マリーが笑顔を作る。
「じゃあ今度は、ふつーのお手紙書きましょうアマレッティ様!」
「で……でも私、何を書けばいいか……それにやる気がない事がばれたら、シュークリームちゃん達が朝起きたら引き裂かれていそうで……私、オルレアン様にお屋敷を任されたのに」
「あーあり得る」
「あの拷問具の中に血塗れでぬいぐるみ全部押し込まれてたりして……」
双子の想像に、アマレッティは真っ青になった。
「やっぱりシュークリームちゃんの大冒険を書くしか」
「……あー、分かった! 僕、良い事思いついたよ!」
ラートがアマレッティを遮って声を上げる。
「裁縫! それだって勉強なんだろ、アマレッティ様。だったらオルレアン様のハンカチとかに、刺繍してみたらどうかな! 僕、戦場のど真ん中でも必ず届けてあげるしさ」
「なんと、それなら勉強の証も見せられて一石二鳥じゃないか! たまには役に立つんだねえ、他人も」
感心したポワゾンに他の使用人達が揃って白い目を向ける。だがアマレッティは、真剣に考え込んだ。
「そ……そうですね……そうしたらオルレアン様、褒めて下さるでしょうか……試食以外でも私、お役に立てるでしょうか……!」
「早速練習しましょう奥様! でもハンカチに刺繍かー」
「それじゃあつまんないですよね……」
名案にどきどきと胸を高鳴らせるアマレッティに、マリーとベリーが頭を悩ませる。
「服なんか縫っても、オルレアン様の背が伸びたらすぐ使えなくなくなっちゃうしぃ」
「ずっと小さいままかもしれないけどね……」
ベリーは笑ってみせたが、もしこの場にオルレアンが居たらこんな発言は誰からも出てこない。
ふとアマレッティは、思いついた事を提案してみた。
「か、肩掛けとかどうでしょう。そうしたらあんまり体型は関係ないです」
「あ、いいですね奥様! じゃあ何刺繍しましょうか、練習しないと。名前?」
「味気ない……」
「愛の告白なんかいいじゃあないか! 誓いの言葉なんてどうだい?」
「誓いの言葉……ですか……?」
ポワゾンが大きく頷いて、また足を組み替えた。マリーがはしゃぐ。
「夫婦円満のおまじないとかもいいかも! 考えてみたらどうですか、アマレッティ様」
「まずは刺繍の練習ですけどね……奥様刺繍へたくそすぎる……」
「そ、そうですね。考えてみます」
頷き返したアマレッティは、笑顔とは裏腹に喉に引っかかる棘を飲み込む。
(誓いの言葉……夫婦円満、愛の告白……私は……)
それは普通に手紙を書けない理由と同じ所に根を張っている気がした。




