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背伸びとピンヒール  作者: まどか
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7センチ


ネイビーのワンピースにトレンチコートを羽織り、7センチヒールのパンプスに足を入れた



ちょっと女の子らし過ぎるかもしれない




駅に向かいながら駐輪場の窓ガラスに映る自分と目が合って恥ずかしくなった



この靴できちんと歩けるかな、靴擦れしなければいいけど…



新しい季節がそこまで来ている



もうすぐ四月、四月からわたしは社会人になる



久しぶりの二人での待ち合わせに緊張しながら埼京線に乗った


アルバイト先のカフェで同じ歳の彼のことを好きになって一年


わたしは短大の卒業式を三日後に控えている


彼は四年生大学の二年生だ



わたしは短大入学と同時に始めたカフェのアルバイトを約二年続けて短大卒業と就職を機にやめたばかり



彼との繋がりをひとつ失ったばかりだ



出会ったのは一年前、彼がアルバイトの面接に来た日



わたしは狭い事務所の奥にある狭い更衣室でバイト着から私服に着替えながら、事務所から聞こえてくる店長と若い男性の会話に耳を傾けていた



有名大学に通う同じ歳で、地元が近いことを知った



更衣室から出て、面接をしている二人に軽く会釈をしながらなにげないふりをして立ち去ったけれど、目が合った瞬間に彼のことを好きになる予感がしたことを覚えている



彼が採用されてから初めての出勤日にわたしはシフトが入っていた




「初めまして。椎葉です。お願いします。」



「今日から入った中島です。お願いします。」



と挨拶を交わした



初めましてではなかったけれど、初めましてと言い、その後面接の日に知った彼の最寄駅を知らないふりをして聞いた



出会ってからこの1年間、彼との会話や彼の言動、彼と関わってるときの自分の言動を事細かく覚えている



渋谷に向かう電車の中でひとつひとつを思い返していた




渋谷はお互いの大学とバイト先のある街



そういえば半年程前に彼女と別れたばかりの彼が、バイトを体調不良で休んだお詫びにと食事に誘ってくれたことがあった



出会ってすぐに他のバイト仲間から彼女がいることを聞き、薄れていた興味が好意に変わったのはその時


そこで一気に縮まった二人の距離は半年経った今も平行線のままだ



良いのか悪いのかはわからない



それからの半年他のバイト仲間も含めて4.5人で飲みに行ったり遊ぶことはよくあった



バイトのシフトがかぶったときとか、たまに来るチャットのメッセージから若干の好意を感じていたし、わたしも若干の好意を伝えていたつもり



ここ最近よくメッセージのやり取りをしていて今日の約束をした



前回の二人の食事ではお酒は飲まなかった




今日は飲みに行く予定



待ち合わせた道玄坂のカフェに来た彼が

「これ、遅れたけどホワイトデー」とチロルチョコを雑な素振りで渡して来た



バレンタインデーにわたしがバイト先でその日シフトに入っていた人にガトーショコラとクッキーを配ったお返しをくれたらしい



お返しは期待していなかったはずなのにガッカリした顔をしてしまったのか



「嘘だよ、ちゃんと用意してるから」と彼は笑った



その笑顔に義理チョコに紛れた気持ちが気付かれていることを悟った



渋谷は毎日いるせいかどこのお店に入るか中々決まらず恵比寿に向かった



渋谷でしか会ったことのない彼が

「恵比寿とか行ってみる?」と言ったとき嬉しかった



渋谷からすぐだけれど、恵比寿という響きだけでハタチの学生にはちょっと背伸びしているようで、背伸びしてくれることが嬉しかった



山手線で横に立った彼を少し見上げて7センチヒールを履いていても彼の身長とまだ差があること



電車が揺れてよろけるわたしに笑いつつ触れないけれど支える素振りを見せてくれること


電車から降りるときガードマンみたいに他の人に触れないように手で守ってくれること



すべてにときめきを感じる



彼はいつもわたしを喜ばせたままではなかった



「恵比寿横丁って知ってる?先輩に連れて行ってもらったことがあるんだけど、色んなお店が狭い場所に沢山集まってて、少し汚いしおっさんばっかいるけど、行ってみる?」



そう言われたとき、今日の服装にピンヒールを履いたことにまた後悔が生まれてしまった



でも彼とはお互いに好意を感じながらもお互いに確信は持てずに友達のふりをし続けているわけだし、笑顔で頷き恵比寿横丁に向かった



恵比寿は渋谷に比べて人も少なく静かなのに恵比寿横丁に入った途端の人の多さと賑わいに驚いて、楽しい気持ちになれたけれど、どこも席が空いていなかった



慣れない恵比寿をぐるぐる30分ほど歩いた



わたしがピンヒールを履いていること彼は気付いていないのだろうか


靴擦れはしていないし乳酸が溜まっている感じもまだないけれど、女慣れしていないのか、ただ気が利かないだけなのか



でも彼の考えや彼の決断を知りたくてただ着いて行くだけのわたしは彼を困らせる気の利かない女だ



色々思うことはあるけれど自然に会話をして自然に笑いながら普通の居酒屋に入ってお互いの知らないお互いの話をしたりした



二一時半を回ったとき


「今日どうする?終電で帰る?」


「どうゆうこと?」


「いや、明日俺予定ないし、椎葉終電ちょっと早いからせっかくなら朝まで飲みたいなと思って」


「んーそっか。明日予定あるけど午後からだしいいよ」



バイト先の人と複数で飲むと朝まで飲むこともよくあった



今日は二人だけれど彼の発言をそのまま受け取る



長く二人で一緒にいられることになって嬉しかった



まだ終電まで二時間もあるのに終電に乗らないことを決めるなんて少し可笑しい気もするけれど



ジンジャーハイボールを追加注文した






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