スラム
スラム
甘かった。
奴隷とはいえ、街での暮らしが長すぎたんだ。
短剣と槍が売れると勘違いしてしまった。
イカツい男達に囲まれて、奪われた。
抵抗せず、涙ながらに命乞いをしたのでなんとか怪我もしなかったが、自分の甘さに腹が立つ。
こういった場所はよそ者にもキツイ。
皆が僕をジロジロ見ている。彼らと同じぐらい僕もボロボロだが、それでもよそ者というのは目立つ。
まずは馴染まなければならない。
・
武器は売れずに奪われてしまったが、そもそもどこにも売るところなんてなかった。
お金は隠して来たのでこれ以上とられるものは腰布、体に巻きつけたボロ布。あとは命か。
どれも価値が無い。
スラムを歩きまわる。よそ者らしく、肩をすくめて、通りの人々に頭を下げながら。ゆっくり、ゆっくり。
スラムの人々の噂話を聞いて歩いた。一日目はそれで潰れた。
気の良さそうな爺さんを発見し、話しかけた。
「なんじゃ? 訛りがあるのう。よそ者か」
前歯全損の爺さんはニッカリと笑った。
・
爺さんにスラムの世話役を紹介してもらった。僕は人足として働く事になった。主にズタ袋を運ぶのが僕の仕事だ。中身は何か分からないし、知らないほうが良いだろう。
トラック転生者の僕は、冒険者になれず奴隷になって、今はスラムで非合法活動員になった。
「逃げたら殺す。中身に手を出しても殺す」
顔に大きな傷のある男がドスを効かせた声で僕に言った。笑わないようにこらえた。
この男、世話役の所の用心棒らしい。身長が190cmぐらいはある。おまけに凄い筋肉だ。地球のヘビー級ボクサーの様な体格で、立ち姿から実際に強いというのも分かる。
右のこめかみあたりから顎の下まで一筋。左の頬から鼻を通って右の頬へもう一筋。右の頬骨辺りで少し交差した十字傷。
元の顔つきも怖いのだろう。十字傷でさらに凄みを増した顔に、このガタイ。この男自身も相手をビビらせるための態度を意図的にとってる。
だが、顔の傷に比べると体が綺麗過ぎた。そのギャップに笑いそうになった。
綺麗な体をしている。
腕はあるみたいだし、相手か自分からか知らないが争いを避けるのは賢い選択だ。
・
世話役に泣いて頼んで、軒先を貸してもらった。
新入りだから初日から袋叩きにされて殺されてしまう、と泣いて懇願した。泣くのも上手くなったなと思う。嗚咽を交えながらもギリギリ相手に聞き取れる程度の発音も上手くなった。
夜は人通りが無くなった。暗くなったからさっさと眠る、危険だから、色々と理由はあるんだろうけど。闇の中、音の消えたバロックが立ち並んでいるのは不思議な光景だった。廃墟好きの気持ちが少し分かった気がする。
そびえ立つ壁の向こうからは、わずかに喧騒が聞こえてくる。夜の空気を震わせて、壁を跨いで空から降り注いでいる。
あるいはあの楽しそうな音を聞かないために、スラムの人々は夜になると硬く戸を閉ざしてさっさと眠ってしまうのかもしれない。
・
翌日からの仕事は拍子抜けする程簡単だった。
言われた場所へ行き、ズタ袋を担いで指定された場所へ向かう。
途中付けてきているヤツもいた。お目付け役なのか分からないが、とりあえず撒いておいた。悔しいが、冒険者の奴隷をやっていた経験が生きている。
危険な状況というのがなんとなく分かる。人の視線、人の数、物陰の多さ、道の構造。
「もしこれ奪われたらどうなるんですか?」
という僕の問いに、
「奪われた奴も奪った奴も家畜の餌だ」
精一杯恐ろしいセリフを選んだんだろうけど、このスラムで家畜なんて見たことがない。笑いそうなのを必死に我慢して、不安そうな顔をしてみせた。
男は満足そうにニヤリと笑った。
賃金は現物支給だった。硬いパンだ。
やたらと大きくて野性味溢れる屋敷によく荷物を運んだり受け取ったりしているのだが、そこには竈があるらしかった。外周の一部が石造りで煙突があったから。
パンを売っている様なところも無いので、あそこで作って配っているのかもしれないと思った。
金銭を貰える仕事もあるが、それは新入りの僕には任せてもらえない。
だが、それなりに信用は得ている。
とにかく只管低姿勢で、バカを演じた。本当にバカでは不味い。仕事をしているのだから。
あくまでもバカに見えるように頑張った。
自分より弱い者には優越感を得て機嫌が良くなる。それは本能だ。
ヘコヘコしている奴は自分の部下、下僕だと勘違いしてしまう。仕方が無い事だ。
バカな下僕に恵んでやる事で、さらなる優越感を得る。
このスラムは、どうやら縦社会らしかった。うっぷんが溜まっているのだろう。
ヘコヘコしているところを相手以外に見られない様にする事も大事だ。自分だけ、というのに人は弱い。
そんなわけで、5日程真面目に働いていると、大きなお屋敷で僕に対応する人間が、若い女性に変わった。
女性とはいえ、何があるか分からない。ちゃんと低姿勢で挑んだ。
お世辞ではなく、普通に美人だったので、その辺も少しは褒めた。少しだけだ。
女の容姿を褒めすぎるのは危険だ。こんな場所にいる女性だ。誰かの情婦の可能性がある。下手に褒めてそいつの怒りを買うわけにはいかない。嫉妬で人が殺される事は地球でもよくあった。貴族の無礼討ちさえ存在しているこの世界では、権力者の機嫌を損ねるのは即死に繋がる。
僕は土下座で頼み込んで、お屋敷の生ごみをもらえる様になった。
以前から目を付けていたのだ。
この屋敷には権力者が住んでいるらしく、スラムの連中とは違う食べ物を食べている様だ。見かけたゴミの中に、果物の皮らしき物を発見した。それをずっと狙っていた。
この世界の人々がどういう体の構造かは知らない。もしかすると地球人に無い器官が存在するのかもしれない。冒険者の運動能力を見たら誰だって思そうだろう。
一応普通の地球人の僕には栄養が必要だ。
果物というのは皮に栄養が多い場合がある。この不思議果物の皮がどうかは知らないが。冒険者奴隷の時にも皮ごと果物を齧った事はあるが、さすがに皮だけというのは体験していない。
見たことある種類なのかもしれないが、バラバラに切り落とされてしおれてしまった皮では元の果物の形が分からなかった。
おっかなびっくり少しずつ食べてみたが、毒ではなさそうだ。これで栄養が摂れているかも分からない。だが、ないよりはマシだろう。
洗剤などもなく、過剰に水を使う事も無いからから、あまり生ごみというイメージでは無かった。こういった廃棄部分をゴミに出してはいるが、食べ残しの残飯みたいなモノは無かったし。
10日目、僕はやっと住居を与えられた。
毎日毎日紹介役に軒先を借りながらすみませんすみませんと激しく謝り続けて居心地を悪くしてやったのが効いたらしい。
それに、住居を与えられたのは管理しやすいからでもあるだろう。
その日から僕は新しい仕事を任されたのだ。どこに居るか分からないより、ちゃんと分かるところに住まわせておいた方が使いやすい。定住すれば、必然的に周りの人間に顔を憶えられてしまう。逃げ隠れするのが難しくなるし、寝込みを襲われる可能性もある。
新しい仕事の重要性を考えると、確かにそれぐらいは必要なのかもしれない。
11日目の朝、僕は王都に入った。
もうどれぐらいぶりだろうか。
・
以前王都から攫われた時の事は、恐怖に震えてパニックになっていたのであまり憶えていない。
だが、ここじゃなかった気がする。多分、壁をくぐる穴は他にもある。
僕は人の頭が入る程度のズタ袋を持たされた。何か小麦粉の様な感触だ。何かは分からない。
壁により掛かるように立ち並ぶバラックの1つに通され、中に入る。
地下への階段があった。
今回は持っていく任務だ。先方から預かるものがあったら、それも持って帰ってくる。
穴を出ると、そこは物置小屋だった。
王都でも壁の近くは貧民街になっている。外のスラムに比べると遥にマシだが。
物置小屋の中には少し武装した男が3人詰めていた。
「見ねぇ顔だな。新入りか?」
「はい。今日から働かせてもらっています」
綺麗に頭を下げ、腰を低く、相手の不快にならない程度に笑顔を作る。
「そういや、この前1人ぶっ殺されたんだったか」
僕は死んだ人間の代わりだったらしい。
その物置小屋で僕は貸し衣装に着替えた。スラムの服のままでは目立つ。
「次は首から上だけでも手入れしてこい」
と警備の男が言った。
僕はわかりましたと平服して、物置小屋を出る。
貧民街は活気があった。建物もスラムよりずっと立派だ。ちゃんとした板とブロック石が使われている。
皆汚れた古着を着ていて、身なりも良い。
おまけに、通りには春を売る女性たちがいた。スラムでは見なかった。衛生状況はともかく、スラムでは買える人間もいないし、管理も難しいだろう。獣の群れに餌を投げ込む様なものだ。
衣食足りて礼節を知る。
皆僕をジロジロ見ていたが、声を掛けてくる人は居ない。女達も無言で僕を見ていた。
新入りで珍しいからでもあるんだろうし、僕が小屋から出てきたのも見ていた。じろじろ見る程度には気になるが、声を掛ける程に関わり合いたくは無いんだろう。
僕はぺこぺこと頭を下げて、愛想笑いを振りまきながら歩いた。とりあえず親しみやすさだ。それが重要だ。もっと情報が欲しいから。
・
ここでの僕の目標は決まっていた。
スラムのトップに立つ。
我ながらアホな目標だと思うが、それを目標に決めた。
生への執着が自分でも分かるぐらいに強くなっている。
恐怖も感じるし、警戒心も残っている、不安だって忘れていない。だけど、それだけで生きてはいけない。生きるためには目標が必要だった。
毎日食事を探して彷徨うだけなら獣と変わらない。そして僕は獣ではないし、獣ほど強くは無い。獣と違って、彷徨っている間に死ぬだろう。
人生には目標が必要だ。それがあれば野垂れ死ぬまで自分を人間だと思って生きていける。
もちろんそう簡単に死んでやるつもりはないけど。
・
もうどれだけ経っただろうか。
不思議な事に、僕の体には筋肉が戻ってきていた。僅かな量だし、相変わらず肋骨が浮いているが、これはつまり栄養状態が奴隷時代よりも良いという事かもしれない。
仕事自体も1日2時間程度だ。よくよく考えてみると、かなり効率が良い仕事なのかもしれなかった。末端の使い走りでこれなら、上の連中はもっと稼いでいるんだろう。
色々と考えて人と接するのは大事な事だ。
よく『素の自分で』とか『本当の気持ちを』とか『本心でぶつかって』とか、そういうスピリチュアルな言葉を地球で見かけたが、あんなもの嘘だ。
人は面倒くさいことを避けるし、間違った行為だと分かっていても、相手に肯定されたらなお楽しく行う。『制限』よりも『楽して』の言葉がダイエットでは人気だ。皆自分の怠惰を認めて欲しいのだ。
人との接し方でも、楽な方を選ぶ。特に日本は本音と建前が辛いと言われている。そこに、演技をしなくて良いと言われたら飛びつくだろう。
実際、それで上手く行く社会が理想だと思うが、人間は感情があるからそう上手くはいかない。業績よりも態度の方が大事なのだ。それは会社の売上がどうこうというのが問題ではなく、生物として、自分に害をなすかどうかを優先して判断しているから。
それぞれの相手が望むキャラクターを演じる事が大事だ。
人間関係の良好さは、後々のハメやすさに繋がる。
逆に、自分自身がそうやって相手を侮っていないか、騙されていないか警戒する事も大事だ。
この世界の人間はちょろいと思う。
僕みたいなプライドの無い人間に甘いのだ。靴をなめろと言われれば舐めてやるし、犬の真似をしろと言われた時も全力でやってやった。
相手は笑い、小銭を投げてくる。
僕はただ、何の生産性も無い行為をしただけなのに、お金を投げてくるのだ。バカなんじゃないかと思う。
芸術にお金を払う事は大事な事だが、僕のは芸術じゃない。相手が望むものを与えて、相手に媚を売っているだけだ。他人がやらない様な事をやって、お金をもらった。
スラム内のストレスが強い状況に合わせて、誰もが僕をバカにして笑って下に見て気持よくなってもらう状況を作ったら、こんな感じで結構な稼ぎになった。
一時の感情にまかせて僕に一食分ほどのお金を投げてくる。同時に、僕への警戒心も投げ捨てている。どこの誰とも分からない僕を、ただ面白いからという感情で許してしまっている。僕が一体何を考えているのか分からないというというのに。
僕の芸に笑い、考える事を放棄して、生きていけるのか?
お屋敷の仕事を任されてから芸は始めた。
後ろ盾が無ければ裏で奪われて終わりだ。実際に付けてくる連中が結構いた。まいてやったが。
犬の芸がウケたので、言われたらやるようにした。練習もした。無駄にうまくなった。痩せたからか、後ろ足で頭を掻く動作も完全再現だ。
他にもカエルの真似がウケた。鶏の真似はいまいちだった。スラムには家禽が居ないのでイマイチ伝わらなかった。
僕はなるべく人数が揃っている連中に言われた時に芸をする様にした。場所もなるべく人が集まっている場所で。
個人や人が少ない時は、仕事があるからと言って、僅かな時間で相手が恐縮するまで徹底的に謝った。
個人相手はちょっと不味いのだ。100人の内誰かが笑えば後は皆が共感力を発揮して払ってくれるが、個人だとうっかり芸の粗に気付いてしまうかもしれない。それはまずい。
お笑い番組には観客がいる。一人でテレビを見ていても、観客に混じったつもりになって笑えるが、ただ芸人が芸をしているだけの映像をみていると、あれ? ってなったりする。
なんとかバレないようにしたい。
新しい芸を憶えた。これは好き嫌いがあったし、あまり人が多いところではできないが、好きな人はとことん好きだった。
ケツの穴に硬貨を突っ込むのだ。
ここのお金は主に硬貨だ。
スラムでは鉄貨が使われていた。中にはただの鉄の棒とかもある。多分そのまま測って価値を決めるんだろう。
銅貨をたまに見るぐらい。銀貨は僕が荷物の代金として受ける事がある。何度か金貨も見た。
それを持ち逃げしようとして殺された奴はかなり多いらしい。僕が仕事を始めた後でも10人以上死んでいる。
僕にはそれがお金という感覚があまりなかったし、金銭は手段としか思っていなかったので頓着しなかった。それが気に入られて、だいぶ重宝してもらっている。
この貨幣は、同じ金属を使っているなら、大きい方が価値があるのだ。
そう、大きい方が価値がある。大きいものはキツイ。
「うぐっ…… キツイです! ちょっ! うああああっ!」
「ほらほら、耐えろよぉ、お前だって一杯持って帰りたいだろ? ぎゃははは」
僕は激しく身悶えて、苦しそうに、ウケそうなリアクションをとる。
「おいおい! まだ5枚だぜ!?」
「ひいいっ…… もうむり、もうむりですぅ」
僕はうんこが漏れそうな感じに腰を落として内股になった。漏れますよアピールは効いた様で、
「だらしねぇな、昨日はもっと入ったのに」
「勘弁してくださいよぉ、お尻結構痛くなっちゃうんで連続はキツイんですよぉ」
半泣きで訴える。
「がはははは」
硬貨を肛門に詰めるという芸がウケたのは、貧民街の小屋の警備の連中だった。
僕が仕事を終えて帰ってくると、たまにこうやって僕の肛門で楽しむ。
「おっし、今日はこれぐらいで勘弁してやる。途中でこぼすんじゃねぇぞ? ぎゃはははは」
僕は半泣きで、穴に潜る。一歩一歩ゆっくり進む。いかにもうんこが漏れそうですっていう体勢と体の震えを演出する。
面白いぐらい稼げた。
下品な芸が好きなヤツが居て良かった。
大腸菌が怖かったけど、持ち帰ったら自宅の灰の中に埋めるから、一応大丈夫だと思う。
僕はこのお金を貯めてはいない。よく使っている。
食事は屋敷からもらっているし、筋肉が戻ってきたということは最低限の栄養が足りているということだ。
それに、家にお金をためていたらいつ押し込み強盗に襲われるか分からない。
僕はこのお金を困っている人に配った。ちゃんと周りの人間が見ているところで。僕はお金貯めていませんよアピールだ。
死にかけのやつは放置。意味が無い。死にかけの奴にはお金そのものではなく、世話を焼くことで周りにアピールした。
お金は、乱暴な客に怪我を負わされて一時的に仕事ができない娼婦、薬が必要な病人(薬で治る場合限定)、貧民街には子供も多いので、半分ぐらいは子供達に配った。
子供に優しい男は、女に好かれる。娼婦達が僕に優しく接してくれるようになった。
単純な話だ。女より弱いのは子供。自分より弱い子供に優しい奴は、自分にも優しいかもしれない。
そう思って接触してきた女に優しく接すれば、後は相手が勝手に勘違いしてくれる。
女というのは不思議なもので、味方にいても役に立たないのに、敵に回すと恐ろしく厄介なのだ。敵に回さない事が重要。それに、女を従えるという発想が間違っている。女達は自主的に行動した時こそ真価を発揮する。
「おにいさん、寄ってかないか? タダでいいよ?」
なんていう女性が増えた。主に、怪我をした時施しを与えた人だが。
「いえ、すみません。仕事がありますから」
本当に名残惜しそうに、仕事さえ無ければ喜んで誘いに乗るのに、もったいねぇ、もったいねぇよ!
そんな感じの表情と仕種をがんばった。
あまりにサラッと断ると、女性の自尊心を傷付けてしまう。それはで不味い。
「ほんと、真面目だねぇ。男がみんなあんたみたいなのならいいのねぇ」
「そんな事ないですよ。ああ…… 仕事…… すみません」
肩をがっくり落として、さも残念そうにトボトボと歩く。たまに振り返っり、彼女を名残惜しそうに見つめて頭を下げる事も忘れない。
・
知識、技術チートを考えていた。
石鹸は以前街で作った。灰と廃棄油から。ドロドロのものしかできなかった。乾燥の期間が足りなかったし、成分もイマイチだったんだろう。
肌に合うかどうか分からないし、何かあったら大変なので掃除や洗い物でしか使わなかった。衛生環境を気にして石鹸を使って肌を荒らしてしまったらそこから雑菌が入って苦しむ。本末転倒だ。
高級品ではあるが、肌用の石鹸はすでに売っていたし、僕には縁のない話だった。
遊具の特許関係も考えたがそんなもの取れるわけがない。
制度自体があるかどうかもわからないし、他でも作れる発明品を作ってしまったら金と権力があるやつがそれを奪うだろう。後から、真似をするとはけしからん、と僕を捕らえて処刑コースだ。
僕にしか出来ないことなら、幽閉されて一生作り続けるか、他の人間に教えて即殺されるか。
どちらにしても、後ろ盾が無い僕がでしゃばって良い事なんてない。
スラムの夜が真っ暗なのは、やはり燃料が高いせいでもあるらしい。
蝋燭もこの世界にあるが高い。主に油を使って灯りを灯しているが、油も高価なので、必要な時ぐらいしか使わず、暗くなったら眠るのが基本らしい。
そのせいで夜陰に紛れた賊行為が後をたたない。
月が出ている日はもともかく、月の無い夜は、徹夜で警戒している家もある程だ。
うちにも何度か来た。見つけやすそうな所何箇所かに僅かなお金を置いてある。それを取って帰った。僕がお金を稼いでも配ってしまう事が周知されているお陰で、さらに探そうとはしなかった。助かった。
新居を与えられてすぐ穴を掘った。家と外の境目、壁の下に僕がまるっと入れる様な穴を堀り、家側から蓋を付けて入れる様にした。もしものときは外側の補強と土を壊して逃げる。10日ぐらいかかったが、その間に強盗が来なかったのは幸運だった。
そもそも、取り締まる連中が居ないのだ。
スラムの顔役は利益を絞り上げるのにご執心で、利益を絞り上げるための家畜を世話するという概念が抜けている。
夜間の安全の確保は、夜中も働ける人間を作り出せるという利点がある。
さらに絞り取るためには必要だ。
蝋燭は高価だが、それは売っているのが市街だかららしい。
ならば自分達で作ればいいと思った。蝋燭なら作れる。
だが、材料の油がまず高価で買う事ができない。
その辺に転がってる死体を使えば作れるんじゃないかと思ったが、皆ガリガリで効率が悪そうだったのでやめた。でも、作るつもりはある。
今は無理だが。今作れば殺される恐れがあるからだ。
・
僕は北スラムのボスに呼び出された。
あの大きなスラム屋敷に住み、北スラムを仕切っている僕の雇い主だ。
知識チートに踏み出さないのは、後ろ盾が無い状態で作ってもすぐに奪われるだろうという懸念と、もう一つ、こいつのせいだ。
「おい。お前、最近調子こいてるみてぇじゃねぇか」
木造の応接室。いや、応接室というより、王の間という感じに仕上げている。僕は床に膝をついて、ボスは3段程度の階段の上だ。椅子はなかなか良いものらしい。細かい細工や美しい曲線で構成されている。
それに座っているやつのせいで台無しだが。
日に焼けた体には無数の細かい傷がある。大きな傷は無いが、大きな傷を負うと死につながる場所だ。こいつはかすり傷で済んだからまだ生きている。大怪我すれば良かったのに。
30代後半か40代に入ったぐらいの男。
身長は190cmぐらいあるだろう。はち切れんばかりの筋肉を内包した肉体からは自信が溢れている。
左右に2人男。護衛だ。そして傍らにはエロい格好の美女。
トーガの様なものを体に巻いた美女は露出が多くて困った。ボスを見ようとすればどうしても視界に入る。自分の情婦を見ていると思ってボスがさらにキレるという流れが想像できた。僕は9割ボスの足元を見る様にした。
左右の護衛2人とも、175か180cm程度で、筋肉はあるが痩せ気味だった。おおかた自分を大きく見せたいために自分より弱い護衛を侍らせているんだろう。
「あんま調子乗ってると殺すぞ?」
頭が悪く、暴力だけでのし上がってきた典型的なお山の大将だった。
僕は仕事をきっちりしているから重宝されているが、コイツは仕事、損得よりも感情を優先する。
「お前、貧民街の娼婦に人気あるそうじゃねぇか? ええ? おい」
椅子から立ち上がり、床にひれ伏す僕の所迄階段を下りてきた。
なぜモテるモテないで判断するのか。くだらない。
「てめぇみたいなチビが、俺の仕事任せられているだけでもありがたいと思えよ? なぁ、お前は黙って俺の言う事聞いてればいいんだよ」
話の筋がわからん。
「聞いてんのかこら!」
ごん、と、重い音が頭に響いた。
体が3回転してから、呼吸が止まっていた事に気付いて息を吸う。
「ぐっ、がっ」
口が焼けているように熱い。異物感を感じて、地面に吐いた。
べっとりとした赤い粘液が床に広がり、中に4つ、固形物が混じっていた。
「きいてんのかこら! おい!」
蹴り飛ばした方がさらにキレる。意味がわからん。
とりあえず、泣きながら頭を地面に擦り付けて、謝罪、泣き言、ヨイショを入れておいた。
「ふん。わかればいい。このクズが。調子に乗ってるからキレちまったぜ」
と、席に戻って椅子に座る。
調子に乗ってるってどういう状況を言うんだろうか。割りと本気で悩んだ。
ボスから荷物を受け取り、いつもの様に門下穴を潜って貧民街に出た。
口元には端切れを巻いておいたけど、血が滲んで、結構心配された。
「あんた! それどうしたんだい? 手当するからこっち来な!」
娼婦達が声を掛けてくれる。子供達も心配そうに僕を見ていた。
前歯を無くしたのは痛かったが、蒔いた種が順調に芽を出しているのは確認できた。それで良しとしておこう。
僕は「仕事中ですから」と、いつもの様に断って、先を急いだ。
今日の荷物はいつもの4倍近くあった。
落とさない様に気を付けながら、目的地へ向かう。
北スラムのボスが今日こうやって僕に暴力を振るった理由はこの仕事に関係している。あいつは怖かったんだ。しかし、他人を暴力で従わせてきたあのバカは、これ以外のやり方を知らない。
今日の目的地は、貧民街のボスのところだ。北スラムのボス、東スラムのボスの、さらに上の人間。
そこへの仕事が、僕への名指しで入っていた。
北スラムボスの嫉妬や焦りそして自尊心に出来た傷の代わりに、僕の前歯は奪われた。
・
これで9千字超えて長くなってしまったので
貧民街のボスに会うのは次回
2016年11月20日追記
続きを書く目処が立ちません。
一旦完結済みにさせて頂きます。
申し訳ありませんm(_ _)m
と言っても本作はスラム王になるまでの所しか話を作っておりませんので、その先を期待されている方には重ねてお詫び申し上げます




