第八章「体術」
朝からジャージ姿で俺は森の中にいた。
「さぁ、何処からでもかかってきていいよ」
驚いた事にいきなり実践授業だった。
俺は武道の経験はない。喧嘩もした事はない。
なのに、どうしろというのか。
「来ないの?じゃあ、こっちから行くよ」
「え、ちょ。まっ・・・!」
先生が凄いスピードで間合いを詰めてきたかと思えば、殺傷能力が高そうなパンチを繰り出してきた。
避けるのに必死で、転んでしまった。そこにかかと落としが降ってくる。
何とか横に転がって避けたが、このままでは死ぬ気がする。
「先生!ストップ!ストップ‼」
「おや、もうギブかい」
ギブも何も、はじめからなにひとつ出来ていない気がする。
「中々良い反応だと思ったのだけどね」
「素人相手に本気とか、無理に決まってんだろ」
「本気じゃないよ、当たりそうになったら寸止めするつもりだったし」
今ので手加減してたとか、本気出したらどうなるんだ。
そういえば、この人軽々と屋根の上とか乗ってたし身体能力おかしいんじゃないのか。
それとも特殊部隊のひとは皆こうなのか。
「習うより慣れろだと思うんだけどねぇ。ほら、一回僕を殴ってみなよ」
そう言って先生は両手をパーにして構えた。
殴るって、普通に殴れば良いのか?
俺は拳を握りしめ、先生の掌に向けて振ってみた。
すると、見事に避けられた。
「避けるのかよ・・・」
「君の殴り方では危険だ。親指は外に出さないと。
それと、もう少し踏み込みを強く。低姿勢にして安定感を出すんだ」
ほら、と言って先生はまた手をパーにした。
思っていたより的確な指導が入って少し驚いたが、言われた通りにやってみる。
今度は避けなかった。
「中々だね。じゃあ、次はカウンターの練習ね。時雨君、ちょっと本気で僕の事を殴ってみて」
言われたので殴りかかってみた。
先生はそれをひらりとかわすと、俺の足を払い転ばせた。
頭を打ち付け、一瞬意識が飛んだ気がした。
「今のがカウンターね」
今からやるね、くらい言えよ。
「で、今のをやれと」
「僕相手にやっても、避けるよ?」
いや、なんでだよ。
「痛いのは嫌だからね」
「じゃあ、どうすればいい」
「どうって、普通にかかって来なよ。避けるけど」
成る程、殴りたいなら頑張れ。と、そういう事か。
いやいや、無理だろ。
「そっちから来ないと、一方的にやるけどいい?」
いや、意味わかんないから。
しかし、本当に先生が構えたので俺も構えた。
取り敢えず、一発殴ってみたい気もするので適当に打ち込み続ける事にした。
もちろん、先生は全部避ける。
「一定のリズムは相手に読まれる。同じ事をするだけじゃ当たらないよ」
そんな事は分かっている。
理解するだけで出来るようになるなら苦労はしない。
にしても、この人。隙だらけである。
隙だらけでもあるのにも関わらず、どうして一発も当たらないのだろうか。
一回攻撃を止めて、相手をよく見てみた。
ズボンのポケットに手を入れ、ヘラヘラと笑っている。
もう一度殴る。
やっぱり避けられた。
まるで、そこに来る事が分かっているかのように。
「あ、そうか」
「何か分かったかい?」
「いや、なんでもない」
隙だらけという事自体が間違っていたのかもしれない。
隙を作って、そこに誘っているのだとしたら。
そうだとしたのなら、殴ってもキリがない訳だ。
それなら、と思い俺は一気に間合いを詰めた。
そして隙があるところに殴りを入れる。ように見せかけて相手の横に立った。
そのまま蹴りを入れる。
「うおっ」
まぁ、作戦は成功した訳だが、先生には効かなかった。
俺の蹴りは先生の手によって止められた。
「今のは良かったね。それだけできれば十分だ」
先生は手を放してこちらに向いた。
「成長において一番大切なのは考える事だ。常に新しい事に挑戦するといい」
なんだか腑に落ちないが、言っている事は正しいのだろう。
俺はサッとかがんで先生の足を払おうとしたが、避けられて逆に蹴りを入れられた。
不意打ちにも強いのかよ。




