第七十三章「戦いのゴングが鳴る」
「神矢さんからあなたの事は聞いてます」
「へえ、なんて?」
二人は泥棒のように施設内の人間から隠れながら小声で話していた。
弘崎は神矢から聞いていた人物像を思い浮かべながら目の前の人物を見る。
「とても、良い人だって言ってました」
「良い人ね、本当に良い人だったら今頃こんなに苦労してないさ」
ひろとは溜息まじりに言う。
笑顔を作ってはいるが、本心は時雨の事やこれからのことについて
頭を悩ませていた。
大牙と直接対決をしなくてはならないのは分かっている。
だが、今はそれどころではない。
「神矢さん、大丈夫かな・・・」
「そういえば、神矢君はどうしたんだい?」
弘崎は自分の身に起きたことを簡潔に伝えた。
思い出すと不安が増し、早く出なければと気持ちを焦らせる。
「まあ、無事だとは思うよ。というか、多分こちらに向かっているね」
ひろとは気休めで言ったわけではない。
確かにこちらに向かう三つの気配を感じ取っていた。
「どうして分かるんですか」
「なんとなくかな。三人って事は、時雨君もいるかもしれない。
まずいな、彼までを巻き込むわけにはいかない。
彼は絶対に守ると決めたんだ」
弘崎は神矢と話をしていた少年を思い出す。
「彼とはどういう関係なんですか」
「うーん、一般的に言うと知り合い?」
「の割には随分と思い入れがあるんですね」
ひろとは笑った。
確かに、と思う反面そうしなくてはという使命感がある。
「僕が先生だからさ」
その言葉には重みがあった。
「先生、か」
「君も随分と神矢君を大切に思っているみたいだね」
弘崎はひろとと同じ反応をする。
「大切なパートナーですから」
「なるほど、どうやら君と僕は似ているみたいだ。
それじゃあきっと逃げるなんてしないだろうね」
「勿論です」
二人は顔を見合わせて笑う。
「予定変更だ。この施設をぶっ潰しちゃおう!」
「はい!」
二人は武器を持って走り出した。
夜の人気がない住宅街。
三人は特殊部隊の本拠地を目指して走っていた。
「なにか作戦でもあるのか」
時雨が聞くと、狐は「あるわけないだろう」と当たり前のように言った。
それを聞いた二人は少し不安になる。
「だが、一つ言っておくことがある」
狐の言葉に二人は足を止めた。
「今から戦う相手は首領ただ一人だ。
その他の奴らは操られているにすぎん」
つまり、と狐は続ける。
「絶対に殺してはいけない」
二人は頷く。
そんな三人の前に、女の子が歩いてきた。
「あれ、時雨君?」
「谷口?どうしてここに」
谷口は時雨に近付いて安堵の笑みを浮かべる。
「良かった、お父さんに言われて喫茶店に行ったらお店は燃えてるし
すごい心配したんだよ?怪我とかない?」
「ああ、平気だ」
谷口は他の二人を見て物々しい雰囲気を感じ取った。
これから何か始まる。
それが今までとは違うと直感的に分かった。
「時雨君・・・」
「心配するな、大したことじゃない」
「嘘ばっかり。ねえ時雨君、死なないよね?」
谷口の言葉に時雨は自信のある声で答えた。
「ああ、死なない。絶対にだ」
谷口は思い出したようにバックを時雨に差し出した。
時雨は首を傾げる。
「これ、お父さんがマスターさんにって」
中には何かの薬が入っていた。
それがなんであるかは時雨には分からないが、必要になる。
それだけは分かった。
「ありがとう」
バックを受け取り、三人は先を急ぐ。
走り出そうとした時雨に谷口が声をかける。
「時雨君・・・、学校で待ってるね!」
「ああ」
明日で夏休みが終わる。
夏休み最後の大決闘。
一体どんな結末を迎えるのか、それは誰にもわからない。
時雨は谷口の言葉を心に留めはしりだす。
さあ、喧嘩の始まりだ。




