第七十二章「走馬灯」
「街には行かないほうがいいだろうね」
ヒロトが言った。
そんなこと言われずとも分かっている。
だが、行かなければ拠点は見つけられないし、柊にも会えない。
「彼女に頼むといいよ」
「彼女?狐のことかい?」
「そう、きっとまだ近くにいると思うよ」
確かに、彼女ならうまくやってくれるかもしれない。
今度会ったときにでも頼むとしよう。
それにしても、これからどうすればいいのか。
ずっと慎也の所で世話になるわけにもいかない。
考えながら歩いていると、空き家を見つけた。
最近空いたばかりのようで、生活感を感じる。
「喫茶店か何かだったのかな」
「ここに住んじゃえばいいじゃん」
ヒロトが空き家を見ながら言った。
「そんな、無理だよ。お金もないし」
「友達に借りればいいじゃないか、喫茶店を開いて
それでお金を返せばいい」
少し強引な提案に思えたが、一理ある。
「分かった、相談してみるよ」
慎也の答えは思ったよりあっさりしていた。
「いいよ。ひろとらしいね」
「もっと否定されるかと思ったよ」
「ヒロトの頼みならなんだって聞くよ、友達だからね」
いい友達を持ったな、と心から思った。
いつか恩返しをしないと。
「ありがとう」
「はは、なんかヒロトがお礼を言うなんて変だなあ」
「僕だって礼くらい言うよ」
そう言うと、慎也は「だって人間っぽくないんだもん」と言った。
誰かにも同じことを言われたな。
ああ、あの二人か。
僕の友人は揃って僕を人外扱いする。
「ねえ」
二人のことを考えていたら後ろから声をかけられた。
可愛らしい女の子の声だ。
振り向くと、慎也の娘、萌梨ちゃんが僕の服を掴んでいた。
「どうしたの?」
「お兄さんの猫ちゃんね、出て行っちゃったよ?」
そう言って窓の方を指差す。
猫とはヒロトのことだろう。
「教えてくれてありがとう」
「追いかけないの?」
「猫は気まぐれな生き物だから、放っておいたほうがいいのさ」
萌梨ちゃんはへぇ、と窓を眺めた。
八歳だから、今は小学三年生か。
なんだか既視感があるなと眺めていると、慎也が話しかけてきた。
「可愛いでしょ」
「うん、君にそっくりだ」
「でも性格は全然似てなくて、凄く元気なんだよ」
「いいことじゃないか」
子供は元気なのが一番だ。
そこで、先ほどの既視感の正体を思い出す。
時雨君だ。
確か彼もこのくらいの年齢だったはず。
ちゃんと学校通えてるのかな。
「じゃあ、手続きは僕がしておくから何かあったら言ってよ」
昔の慎也からは聴けなさそうな言葉だ。
「随分と頼り甲斐のあるお父さんになったね」
「守るべきものができると人は変わるものだよ」
「僕も、変わるかな?」
慎也は笑顔で「勿論」と言った。
目がさめると、鉄格子が目に入った。
コンクリートの床に投げ出されていた体はズキズキと痛む。
随分と長い夢を見ていたらしい。
あれが走馬灯というやつだろうか。
起き上がって辺りを見回すと一人の少年が体育座りをしていた。
どこかで見たことのある顔だ。
ぼーっとしていると、少年が僕に気づいた。
「あ!起きたんですね、良かったあ」
「君は、えっと、ごめん覚えてないや」
「覚えてないというか、自己紹介してないですから。
俺は弘崎優也です。何が起きたか覚えてますか?」
少しの間考える。
確か、遠藤君に刺されて、気絶させられて・・・。
「なるほど、これから処刑ってところかな」
「なんでそんなに落ち着いてるんですか!」
「なんでって、慌ててもしょうがないからねえ」
そんなことより、なぜこの子は捕まっているのだろう。
何か揉め事でもあったのか。
と考えると神矢君も無事ではなさそうだ。
「君、僕の送ってたコーヒー飲んだでしょ」
「えっ、ああ、まあ・・・」
「あれは大牙君の使っている薬の効果を相殺する薬が入っててね、
君がここに入れられてるのもそれが理由でしょ」
「そんなところです」
この子は多分何も知らないんだろうな。
大牙の目的は多分僕を殺すことだ。
でも、彼では僕に勝てない。
何か企んでいることは確かなはず。
「まあ、悩んでてもしょうがないよね。
弘崎君、どうやら喧嘩に巻き込んでしまったみたいだから
罪滅ぼしに助けさせてくれ」
弘崎君は首を傾げる。
「助けるって、何か策があるんですか?」
「なに、簡単な話さ」
その時、牢屋の鍵が開く。
外では一匹の猫が毛づくろいをしている。
「え?」
「さあ、逃げよう」
弘崎君の手を引いて牢屋を出た。




