第七十一章「奪われた日」
段ボール箱に箱にいらないものを詰め込み部屋を片付ける。
「引越しでもするの?」
「いや、流石に物が多くて」
何もない平和な年が三年過ぎた。
研究は順調で実質完成したようなものだ。
それでもまだ研究が終わりと言えないのには理由があった。
どうしても僕の作る影は人を襲うからだ。
その問題をどう解決するか、最近ではそればかり考えている。
研究が進まなくても進んでも日誌は書き続けていた。
そのせいで今までの日誌や参考資料が部屋を埋め始めたので
資料室にしまってしまおうと思ったが、これがまた大変だった。
段ボール箱に詰めてはガムテープで止める。
その繰り返しだ。
「手伝ってよ」
「嫌だよ」
即答だった。
片付けが終わって数日後の事だった。
僕が街から帰り研究機関に入った時違和感を感じた。
「静かだ」
廊下にも部屋にも人の気配を感じない。
誰もいないという事はないはずだ。
変に思いながら部屋に戻ると、僕の部屋は荒らされていた。
「な、なにこれ・・・」
片付けたばかりなのにとも少し思ったが、そんな事より気になったのが
その荒らし方だった。
嫌がらせというより、何かを探していたかのような荒れ方だ。
一体誰がこんな事を・・・?
最低限の荷物を集めながら考える。
僕に恨みを持つ人間か、この研究を知っていた人間。
となると心当たりは一人しかいない。
不意に後ろから頭を掴まれ、床に叩きつけられた。
「っっっ!!」
驚いたが、とっさに防衛本能が働き僕の頭を掴んでい人物を蹴り飛ばす。
それと同時に十人くらいが部屋に入ってきた。
一瞬で状況を把握した僕は鞄を持ち中心にいる人物を見る。
「今ので気絶すればよかったものを」
「やっぱりね」
中心にいたのは大牙だった。
彼がなにをしようとしているのかは分かる。
「影を奪うつもりかな」
「そうだ。それがあれば彼奴らを思い知らせてやれる。
俺らの方が上だと気付かせる事ができるんだ」
「くだらな」
僕はそう吐き捨てた。
鞄からジッポーライターを取り出して蓋を開ける。
「君に渡すくらいなら燃やすよ」
「やれ」
大牙の指示で周りの奴らが飛びかかって来た。
ジッポーを部屋の奥に投げ捨て襲い掛かってきた奴らの中央を
無理やり突破して部屋の外に出る。
「消せ!お前らはあいつを追え!」
二手に分かれたようだ。
早くこのビルを離れよう。
三階くらいまで駆け下り廊下を走っていると僕の前に二人が立っていた。
「夕先、とび君」
僕は二人に駆け寄る。
「ちょうど良かった。一緒に逃げよう!
彼奴が、大牙が遂に動き出したんだ!」
二人の手を掴むと、右肩に激痛が走った。
見ると、僕の肩にはナイフが刺さっている。
「え・・・?」
「逃げるってどこに?」
二人は笑う。
様子がおかしい。
「ふ、ふざけてる場合じゃないんだ!」
「ふざけてないよ」
「お前は裏切り者だからな、ひろと」
そう言って頭を思いっきり殴られた。
頭から血が出る。
「な、え?夕先、とび君?」
「気安く呼ぶんじゃねえ」
飛んできたナイフを叩き落として、僕は深呼吸をした。
「成る程、分かった。そういうことね」
急に僕の態度が変わったからか、二人は怪しげにこちらを見る。
僕は笑みを浮かべた。
顔の血を拭き取りヒロトに話しかける。
「これは、そういうことだよね」
「多分ね」
「じゃあ、逃げる方向でオーケーってことだ」
二人は首をかしげる。
「何言ってんの、お前」
「これ、返すよ」
肩に刺さっていたナイフをとび君に投げ返す。
その一瞬に隙ができた。
そこをついて二人の横を走り抜け突き当たりの窓ガラスをぶち破る。
割れたガラスが少し刺さったが、大した傷ではない。
三階から飛び降りた僕は華麗に着地して走り出す。
これは柊の靴のおかげだ。
街の人は驚き悲鳴をあげたりしているが、気にせず走る。
頭の傷がズキズキと痛む。
「どこに行くの?」
ヒロトが聞いた。
「友人の家にでも行こうかな。
他にアテもないから」
友人というのは慎也の事だ。
こんな格好で行ったら迷惑だろうけれど、少しくらい助けてくれるはず。
「ひ、ひろと!?どうしたの!」
チャイムの音を聞いて出てきた慎也は驚きのあまり絶叫した。
その声を聞いて家族も顔を出す。
「どうかしたの?・・・きゃあ!」
奥さんが僕を見て叫ぶ。
「あ、どうも」
「心配しないで、僕の友達だから!
えっと、萌梨を二階に連れて行ってもらえる?」
奥さんは頷いて子供を二階へと連れて行った。
「取り敢えず入って。傷は大丈夫?」
「大丈夫に見える?」
慎也は呆れたように救急セットを取り出す。
「これで血を拭いて」
「悪いね」
「何があったの?」
慎也が手当てをしながら聞いてきたので
今日あったことを説明した。
「それは大変だったね。でもどうして急に?」
「薬だよ。僕が作った薬を使ったんだ。
あれがあれば人を洗脳できるからね」
「これからは?」
言われて少し悩んだ。
もちろん予定などない。
「しばらくいてもいいかな」
「僕は構わないけど・・・」
「多分彼奴はP2を使って何かするつもりなんだ。
何としてでも止めないと」
「P2って?」
そうか、慎也は何も知らないのか。
僕は研究について色々と語った。
半分以上理解していなさそうだったが大まかな事は分かってもらえたようだ。
「僕も協力するよ」
「君には家族がいるじゃないか」
「家族がいるからこそ手伝わせて欲しいんだ」
慎也は僕の目を真っ直ぐ見てそう言った。
随分と頼もしくなったものだ。
「分かった。お願いするよ」
「まずは怪我を治そうね」
「うん」
暫く話していると奥さんが降りてきた。
出会い方があれだったので、少し警戒されているようだ。
「初めまして、慎也の同級生だった者です。
結婚のお祝いに伺おうとは思っていたのですがこのような形で
訪問してしまってすいません」
「気にしてませんよ、少し驚きましたけど」
奥さんは綺麗な人だった。
それに年上の落ち着きもあり良い人だと一目で分かる。
「お綺麗ですね、慎也にはもったいない」
「褒めても何も出ませんよ」
奥さんにも暫くここにいる事を話すと、快く承諾してくれた。




