第六十八章「事故」
秋も終わりにさしかかり、随分と寒くなってきた。
だからあまり外出はしたくなかったのだけれど、研究が
行き詰まってしまったので仕方なしに外へと出る。
別に外に出たからといってアイデアが浮かぶわけでもない。
ヒロトも付いて来ていたが特に話もしなかった。
秋風が肌に刺さる。
何か買って帰ろうかと思い大通りに出た時、大きな音がした。
その音に続いて悲鳴と野次馬の声が響く。
気になって目を向けると、どうやら事故があったらしいと分かった。
近付いて様子を見る。
一台の車から火が上がっているが、周りに障害物は見当たらない。
一体何にぶつかったのだろう。
そんな事を考えながら見続けていると、微かな信号を感じた。
信号から感じたメッセージは、〝助けて〟。
「まだ生きてるのか!?」
「何が?あっ、危ないよ!」
ヒロトの制止を無視して車へと走る。
「待って、影だ!」
その声も無視した。
そっちはなんとかしてくれとしか言えない。
車の扉を引き剥がし中を見る。
後部座席には男の子が乗っていた。
「大丈夫?」
返事はない。
取り敢えず男の子を引っ張り出し車から離れる。
その直後、爆発した。
「あっぶな・・・」
前に乗っていた二人は死んでしまっただろうか。
男の子は息はしているようだが、早く病院へ連れて行った方が良さそうだ。
「嘉也君、火傷」
ヒロトに言われて腕を火傷していることに気付いた。
気付くと痛くなってくる。
「言わないでよ、凄く痛い」
「ほら、救急車が来たよ」
僕の言葉は無視して救急車の方を見た。
救急隊員が急いで降りてくる。
「大丈夫ですか!?」
「あ、この子が・・・」
救急隊員はさっと、僕の腕から男の子を受け取り、救急車に乗り込んだ。
「貴方も一緒に来てください」
そう言うと、返事をする前に手を引かれ僕も救急車に乗せられた。
僕の火傷は軽かった為、すぐに治療は終わった。
男の子もそんなに重症ではなかったらしく、今は病院のベットで寝ている。
側で様子を見ていると、その子の叔母らしき人が入ってきた。
僕を見た瞬間、お辞儀をしてお礼の言葉を述べる。
「貴方が、助けてくれたんですね」
「え、ええ、まあ」
「本当にありがとうございました。なんと言っていいか・・・」
「いえ、お二人は助けられなくて」
お婆さんはそんな事を気にしないでくださいと首を横に振った。
暫くお婆さんと話したところで、僕は信号の事を思い出す。
確かにあの時僕は助けてという信号を受け取った。
それに、何もないところで事故を起こしていたし、影もいた。
もしかして、彼らは、いや、この子は・・・。
「お婆さん、一つお聞きしても良いでしょうか」
「はい、なんでしょう」
「あの、この子の両親は何か特別な力とかってありました?」
その言葉にお婆さんは驚いた。
「もしかして、貴方も能力者なのですか?」
「もってことはやっぱりお二人は」
「ええ、そうです。娘も、そしてこの子も、能力者なのです」
やっぱりかと思うのと同時に何だか申し訳なくなった。
別に僕に責任はない。
でも、無関係とも思えなかった。
「この子、これからどうするんですか?」
「あたしが育てますよ」
「能力の事は」
「言わない方が幸せでしょう」
そうなのかもしれないけれど、危険じゃないだろうか。
隠しても能力が消えるわけではない。
「影は減ってはいますが、絶滅したわけじゃないんです。
この先、彼が影に出会うことも何度かあるはずです。
その時、彼は無事でいられるでしょうか」
「確かに、そうかもしれません。でも、この子には
普通に生きて欲しいのです」
お婆さんの考えは変わらなかった。
僕は頭を悩ませる。
確かに彼が襲われる確率は低いのかもしれない。
でも、可能性はゼロではないのだ。
また見殺しにするような事はしたくない。
「分かりました。でも、危険は皆平等に付きまとうものです。
影を見ても目を合わせないようしっかり言ってあげてください」
「勿論ですとも」
「退院するまで彼を見ていてもいいですか?」
お婆さんは勿論です。と言ってくれた。
男の子が目を覚ましたのは次の日の朝だった。
僕を知らない男の子は、僕を医者だと思ったらしく
色々と聞いてくる。
勿論僕は医者では無いのでそう言う。
「そうだったんですか、すいません。
では、貴方は誰なんですか」
男の子は平坦な口調で言った。
「僕は君を助けた通りすがりだよ」
「通りすがりさんが、何をしてるんですか」
「退院まで世話を任されたんだ。よろしくね」
男の子は小さくよろしくお願いしますと言った。
年の割に随分と大人しい子だ。
「君、名前は?」
「時雨です」
「時雨君ね、いい名前だ」
時雨君は僕の名前を聞かなかった。
興味が無いのだろうか。
「直ぐに退院できるだろうから、安静にしてるんだよ」
「・・・お父さんとお母さんは、どうなったんですか」
僕は少し言葉に詰まった。
すると、時雨君は顔を曇らせて僕の返答を待たずに言う。
「死んだんですね・・・」
「・・・うん、残念だけど」
「大丈夫です。泣いたりしません」
別に泣いてもいいよなんて言っていないので今のは自分に言い聞かせたのだと思う。
親が死んだ時くらい強がらなくてもいい気がする。
「そう、偉いね」
男の子は何も言わずに外を見た。
つられて僕も見る。
外はいい天気だ。
「今日はいい天気ですね」
「そうだね」
僕と彼の会話は中身を持たないものばかりだった。




