第六十六章「怒り」
ねえ、どうして助けてくれなかったの?
女の子が僕を責める。
どうして?
そんな事を言われても困る。
僕は僕なりに努力した。
結果ダメだったかもしれないけれど見殺しにしたわけじゃない。
でも、私は死んじゃった。
女の子はもう一度同じ事を言った。
ねえ、どうして助けてくれなかったの?
努力はした!僕を責めないでくれ!
僕は怒鳴った。
責めてほしくなかった。
慰めて欲しかった。
お兄さん、ねえ。
やめて・・・。
どうして?
やめてよ・・・。
人殺し。
やめろよ!
耳を塞ぎたいのに、塞ぐ耳が見つからない。
ただ、やめてと懇願し続ける。
「お兄さん、大丈夫だよ」
すっと、視界が開けた。
女の子、千紘ちゃんが僕の前に立っている。
「ありがとう」
「千紘ちゃん・・・、ごめん、ごめんね・・・」
「謝らないで?私嬉しかった。一緒に遊んでくれて」
千紘ちゃんはにっこり笑った。
その笑顔に、僕の心は軽くなる。
「もう、行かないと」
「安心して、僕もすぐに行くよ」
言うと、千紘ちゃんは首を横に振った。
「お兄さんは来ちゃダメ。待ってる人がいるから」
「でも、それじゃあ千紘ちゃんが一人になっちゃうじゃないか」
「大丈夫、もう慣れっこだもん。でもいつか本当に疲れたら
私待ってるから。生きて、お兄さん」
「千紘ちゃん・・・!」
彼女の姿は消え、僕は一人になった。
生きて、と言われても僕にはもう生きる気力も・・・。
「おい」
無愛想な声が頭に響く。
聞き覚えのあるようなないような、いや、多分聞いたことがある。
この声は、誰だっけ。
「おい、起きろ馬鹿」
あ、そうか、彼女だ。
僕の事を馬鹿と呼ぶのは彼女しかいない。
「僕は・・・、馬鹿じゃない」
目を開けると、やはり狐の姿があった。
お互い成長しているため昔とは随分違ったがそれでも彼女と分かるのは
勿論狐のお面と着物という特徴的な姿からだ。
「やっと起きたか」
「どうして、君が・・・」
「おじさんが亡くなったから、その報告に来ただけだ」
「そっか・・・、白峰さん亡くなったんだ・・・」
今まで生きていたということは、随分と長生きしたんだなあ。
それにしても、僕はどうして生きているんだろう。
彼女が助けてくれたのだろうか。
「あまり動くなとあいつが言ってたぞ」
「そういえば、ヒロトは?」
「さあな。だが、すぐに帰ってくると思う」
僕は体を起こす。
胸に激痛が走ったが、無理をしてベットから降りた。
歩こうと足をつけたはいいものの、立ち上がれず膝をつく。
足に力が入らない。
「無理をするな、一ヶ月も寝てれば筋力も落ちるものだ」
「え・・・、一ヶ月・・・?」
「そうだ。一ヶ月、お前は寝ていた」
長くても三日くらいしか経っていないと思っていたのに
一ヶ月も過ぎていたなんて、信じられない。
なんとか壁を使ったりして立ち上がり、鏡を見た。
少し痩せただろうか。
いや、そんな事より気になることがあった。
髪の色が黒くなっているのだ。
僕の髪は生まれつきクリーム色をしていた。
一体、どうしてこうなってしまったのだろう。
その時、ヒロトが帰ってきた。
「あれ?病人は?脱走した?」
「いや、そこにいるぞ」
ヒロトは僕を見て笑った。
だが、その笑顔に優しい感情は感じられない。
「おはよう、気分はどう?」
「最悪、かな」
「だろうね、また心臓に穴が開いて体の中が血だらけになったんだ。
健康ってことは無いよ。彼女が見つけてくれてなかったら
君は確実に死んでただろうね」
「ごめん・・・」
ヒロトは表には出していないが確かに怒っていた。
ヒロトを怖いと思ったのは出会った時以来だ。
「前に言ったよね、僕は君に死なれたら困るんだ。
何があったかは知らないけど、今回僕は君に失望したよ」
僕は謝ることしかできなかった。
元はと言えば僕が薬を飲み忘れたのがいけなかったんだ。
それさえなければ千紘ちゃんも死ななかったかもしれない。
「あまり病人を責めるな、本当に死にかねないぞ」
珍しく狐が僕を庇ってくれた。
ヒロトは少し考えて、ため息を吐く。
「言い過ぎたね、何か食べた方がいいよ」
「うん・・・」
「私が作ろう。お前は寝ていろ」
「ありがとう・・・」
僕はベットに戻り、腰掛けた。
ヒロトは何も言わず猫になって出て行ってしまった。
「あまり思い詰めるな、誰だって怒る時くらいある」
狐がお粥を持って言った。
僕は受け取って深いため息を吐く。
「ねぇ、今日は晴れかい?」
「いや、外は雨だ」
「雨、か。雨は嫌いだなあ」
事情を知らない狐はただの独り言だと思ったのか僕の言葉を聞き流した。
実際独り言だったから何も言わない。
「雨は嫌だなぁ・・・」
そうもう一度呟いてお粥を食べた。




