第五十五章「君が嫌い」
「良かった」
ヒロトがポツリと呟いた。
別に何かをしていたわけではなく、本当に唐突にだ。
「何が?」
「君が元気に育ってくれてさ。友達もできたみたいだし」
「そんな親みたいな事言われてもなぁ」
気にしないで、とヒロトは笑った。
そして思い出したかのように一枚の紙を取り出すと
紙飛行機にしてこちらに飛ばした。
紙飛行機はうまく飛んで、僕の目の前まで来たのでキャッチする。
広げると、どこかの住所が書かれていた。
「そこに行けば、良い事を知ってる人がいるよ」
「良い事?それって僕が行かなきゃいけないの?」
「君が行ったほうがいいよ。まぁ、僕も行くけど」
君が、ではなくて君も。だったか。
それにしても、一体誰がいるというのだろうか。
少し距離があるようだ。
「彼はもう歳だから、死ぬ前に行かないとね」
「へぇ、じゃあ明日行くよ」
夕先ととび君には言わないほうがいいよなぁ。
そう思い、僕は研究室に鍵を掛けて出かける事にした。
住所の場所までは電車とバスを駆使して一時間半。
そこからまた三十分ほど歩いてようやく辿り着いた。
山奥にあるお寺のような所で、神聖な何かを感じる場所だ。
鳥居をくぐった先では、僕と同じくらいの女の子が掃除をしていた。
髪の色も着物も白で、狐のお面を被っている。
「あの、白峯さんはいらっしゃいますか?」
「・・・誰、あんた」
「えっと、白峯さんに用があって・・・」
「教えてあげない。あんた気に入らないから」
頭の血管が切れる音がした気がする。
狐の子はまた掃除を再開していた。
僕はなるべく冷静に話しかける。
「初めて会ったのに随分な言い様だなぁ。
何がそんなに気に入らないんだい?」
「全部」
こいつ・・・。
「僕も君嫌いだけど、教えてくれないと困るな」
「困れば良いのよ、あんたみたいな馬鹿は」
「馬鹿だって?君、僕が怒らないからって・・・!」
「怒ってるじゃない」
多分、漫画にしたら僕と狐の子の間に火花が散っている事だろう。
なんて失礼で可愛くないやつなんだ。
「こら、やめなさい」
僕と狐が喧嘩していると、しゃがれた声がそれを制止した。
老人が杖をつきながら歩いている。
彼が白峯さんだろうか。
「ヒロト、久しぶりだのう」
「なかなか長生きするもんだね、白峯」
いつの間にか人の姿に戻っていたヒロトは白峯さんの前に立った。
「まだ死ねんよ、怨念どもが死ぬ事を許してくれないんでな」
「はは、思い込みだよ。そんなの」
「その子はどうしたのかね」
白峯さんが僕を指差す。
僕は軽くお辞儀をした。
「色々あってね、僕らについて研究してもらってる」
「ほう、若いのに大変じゃな」
「まだ話す元気はあるかい?」
「あるとも。若いの、少し話をしよう」
そう言って白峯さんは境内へ歩き出した。
狐は何も無かったかのように掃除を再開している。
僕も気にせず白峯さんの後を追った。
「改めて、自己紹介をしよう。私は白峯。ここで神主をしておる。
君と同じ能力者じゃよ。もう九十を超えているがの」
「は、初めまして。古谷嘉也です」
「ヒロトからどのくらい聞いたのかのう」
白峯さんはヒロトへ目をやった。
ヒロトは欠伸をして首を傾げた。
「あー、どこまで話したっけ」
「相変わらず適当な奴め、影と人間の関係は知ってるかね?」
「知ってます。一緒に暮らしてたんですよね。
でもある日、影が暴れ出したせいで、影は殺されていった・・・」
僕が知ってるのは確かそんなもんだった気がする。
聞いたかもしれないけど覚えてないから聞いてないようなものか。
「ふむふむ、なら、もっと詳しく話そう」
白峯さんはゆっくり、話し始めた。
影と人は、とても仲が良く、互いに協力して生きていた。
影は夜を守り、人は昼を守る。
人には能力者と呼ばれる人間がいて、その人間の使う力は光に満ちている。
その力は影を切り裂き、世の中の負の感情を取り除いていた。
影は負の感情を吸収し、浄化する。そんな役割をしていた。
ちゃんと、バランスがとれていた。
そのはずなのに、彼らは変わり果て、人間を襲い始めた。
毎日凶暴な影が増え人間が怯えてしまったものだから
能力者は影の首領と話し合いをすることになった。
まず、原因。
なぜ彼らは凶暴化してしまったのか。
それはすぐに分かった。
文明が進むにつれ、人間の負の感情が増えたせいで
彼らはそれを浄化しきれなくなっていたんだ。
そして、対処法。
色々意見を出しはしたが、結局は抹殺という結論に至った。
影の首領も、渋々了承してくれて影はどんどん減っていった。
「まさか、その首領って・・・」
「へへっ、僕でーす」
ヒロトは自慢気に言った。
え、嘘でしょ。
「見えないじゃろ」
「えぇ」
「本人の前で言うよねー」
見えないのは事実だからなぁ。
普通ではないとは思っていたが、影の首領だなんて。
「ヒロト、お前はこの子に何をさせたいのじゃ?」
「この子は特別さ。きっと現状を打開してくれる」
「何の話?」
「君は、普通じゃないって話だよ」
そう言ってヒロトは笑ったが、何のことなのか全然分からなかった。




