第三十七章「大丈夫」
「何も雨の日に来なくても」
先生が紅茶を出しながら言った。
狐は紅茶を受け取ってもお面を外そうとしない。
どうやって飲むのだろうか。
「たまたまだ。文句ならお前の教え子に言え」
「そういえば時雨君どこか行ってたの?」
「ちょっと、散歩に。そしたらP2に襲われて助けてもらったんだ」
「なるほどねぇ」
紅茶を飲もうとして眼鏡が曇っている。
先生は思い出したかのように眼鏡を外した。
付けてること忘れてたんだな。
「あ、そうだ時雨君。さっき本棚を漁っていたら良い物を見つけたんだ」
そう言って先生が取り出したのは一冊の本だった。
「図鑑?」
「そう、いろんな武器が載ってるから参考にしなよ。
そろそろ武器も作れるようになった方が便利でしょ?」
パラパラとページをめくる。
見たことのない銃やナイフ、ハンマーなども載っていた。
「細部まで覚えておけば弾丸と同じように作れるはずだよ」
「これを覚えるのか・・・」
時間がかかるだろうな。
初めはナイフとか簡単なものからにしよう。
「絵に描けば良い。それが一番の近道だ」
狐は近くに置いてあった紙をとりさらさらと描いて見せた。
普通にうまい。
「俺は絵なんて描けない」
「大切なのは覚えることだ。見た目は問うまい」
そう言うと、俺に紙とペンを渡してきた。
渋々描いてみる。
絵なんて描いたことはない。
見て描いているのにどこか違ってくる。
でも確かにこれは覚えるかもしれない。
「こんな感じか」
「ふむ、悪くない」
「へぇ、意外と描けてるじゃん」
「バカに比べたら何倍も上手い」
「絵が下手なのは否定しないけど、馬鹿じゃない」
狐は先生の名前を呼ばない。
そういえば先生も狐の名前を呼ばない。
暗黙の了解でもあるのだろうか。
そもそも知らないという事もある。
「いいや、今も昔もお前は馬鹿だ。
病気は良くなったのか?」
狐が言うと、先生は言葉に詰まった。
「治ってないけど・・・」
「だから馬鹿だというのだ。
自分の体を守れない奴が人を守るなんて出来るわけがない」
「うっ、言葉もありません・・・」
先生が圧倒されてる。
珍しい事もあるものだな。
「あまり無理をするな、死ぬぞ」
「あはは、そうだね。僕もまだ死にたくない」
「まだ、か」
そう言うと狐は立ち上がった。
「そろそろ行くとしよう、紅茶美味かったぞ」
カップの紅茶は無くなっていた。
いつの間に・・・。
「何か分かったら教えてね」
「お前が生きてたらな。教え子君、馬鹿をよろしく」
「あ、ああ」
狐はまだ雨の降っている外へと出て行った。
結局濡れるのか。
「人の揚げ足をとるのが上手いなぁ」
先生は、俺が思っているより苦労している。
「無理、するなよ」
「時雨君まで老人扱いする」
大丈夫、と先生は言う。
「僕は元気だよ」
そう言って笑う。
大丈夫という言葉こそが一番心配を誘うのだと気づいて欲しい。




