第二十八章「影と人」
怪我が完治し、俺は仕事に復帰した。
「時雨君、もう大丈夫なの?」
久しぶりに会った谷口は心配そうに俺の顔を覗き込む。
不意にこの間のP2が頭をよぎり身を引いてしまった。
「時雨君?」
「いや、すまない」
あのP2はどうしたのだろう。
先生が撃退したか、逃げたか。
「もう怪我も治ったし、なんともない。
迷惑をかけてすまない」
「時雨君は悪くないよ!」
「そうさ、時雨君は悪くない」
珍しく先生が申し訳なさそうに言ってきた。
この間から随分と弱々しい。
「らしくないな」
「らしくない、ね。そうでもないよ」
そう言うと、先生は奥から一枚の写真を持ってきた。
そして、一人の男を指差す。
「これが僕」
もう一度、写真を見る。
写真の男は顔が暗く、木陰に座り込んでいた。
「へぇ、印象違いますね」
「昔は相当暗かったのさ。自分の能力が嫌いで嫌いで仕方なかった」
「いつからそんな風になったんだ」
少なくとも今は暗くも謙遜しているようにも見えない。
「そうだなぁ、あいつに出会ってからかな」
先生はカウンターに座り、頬杖をついた。
俺と谷口も座る。
「僕は他の人とは違って才能があった。能力も体力も
人よりずば抜けていたんだ」
でも、と先生は続ける。
「僕はそれが嫌だった。学校も行かずにいつも空を眺めてた。
そんな時、ある人に話しかけられたんだ。
そいつはこう言ったんだ。
「する事がないなら、僕の手伝いをしてよ」ってね」
カウンターの端で寝ていたヒロトがこちらへ寄ってきた。
先生がヒロトを撫でる。
「まぁ、その日から僕はP2について調べる事になったんだけど
そいつがまた面倒な性格でね。
今の僕みたいな奴だったんだよ」
自分が面倒な性格っていう自覚あったんだな。
「それが移っちゃったのかもね」
「今でもそいつに協力してるのか」
「まぁね」
詳細を話す気はさらさらないようだ。
別に興味は無いけどな。
「僕が最下位だったのはただ単に試験を受けてなかっただけ。
慎也とはその頃出会ってね。一緒に研究をしていたんだ」
「研究って、どんな事をしていたんだ」
「その頃P2なんてものは存在していなかったから、影について調べてたんだ。
昔話に出てくる影という存在がP2と酷似していたからね」
P2がいなかった、というのは興味がある。
それに影と名乗る人物を俺は知っている。
聞いておくべきだろう。
「詳しく教えてくれ」
「ただの昔話だよ?」
「構わない」
俺が言うと、先生はじゃあ話すよと言って咳払いをした。
「昔は影と呼ばれる存在と人間が共存して生きていたんだ。
でも、ある日数名の影が人を襲うよになった。
それを見かねた影と人間は話し合いをし、その結果影を滅ぼす事にした。
その際影を殺す力を持つものを能力者と呼んでいたんだ。
影を一匹残らずに退治した人間は、影のいない生活を送り始めた」
話はそこで終わった。
いまいちどちらが悪いのか分からないような終わり方だ。
「でも、その滅んでしまった影を復活させようとした人がいた。
その失敗作たちがP2って訳だ」
そこまで分かっているのか。
って事はもしかして先生が特殊部隊を嫌う理由って・・・。
いや、決め付けは良くない。
「で、今は何をしてるんだ」
「今は何もしてないよ。何も出来ないんだ」
「どうしてだ」
「僕が病気だからさ」
その言葉に俺より先に谷口が反応した。
「大丈夫なんですか!?」
先生は苦笑いをして平気だよ。と答えた。
俺が何の病気なんだと聞こうとした時、ベルが鳴った。
一番目の客が店へと入ってくる。
「いらっしゃいませ!」
谷口が営業スマイルで走っていく 俺も動き出そうとした時、先生に呼び止められた。
「時雨君」
「なんだ」
「本当に大丈夫だから。心配しないで」
その言葉は弱々しく強がりにさえ聞こえなかった。
「・・・誰が心配なんてするかよ」
「時雨君らしいよ」
そう言って先生は笑った。




