第二十七章「怪我」
最近は、私服で授業する事が増えた。
半袖のパーカーに、半ズボン。
俺の私服はセンスの欠片もない。
と、先生に言われた。
余計な御世話だ。
先生はいつも同じ服を着ているように見えるが
ちょっと違う服を着まわしてると言っていた。
先生も充分センスないと思うのだがな。
そんな事はどうでもいい。
今日も今日とて実践授業だ。
「時雨君、今日は一人でやってみよう」
「一人で、か」
前にも一度遠藤を助けた時に撃退した事はある。
だがあの時は昼間だったっていう事もあってか
そんなに強いP2ではなかった。
今日は前のように上手くはいかないだろう。
「それじゃあ早速・・・」
それまで笑顔だった先生が急に静かになった。
先生の視線を追うと、谷口さんが立っていた。
谷口さんは何か言いたげにこちらを見ている。
「先生、なんか話があるんじゃないか」
「いや、様子がおかしい。慎也は夜に出歩くのを嫌う」
「なにか、急な話とか」
先生は訝しげに相手を見て、一歩前に出た。
すると、谷口さんは一歩下がった。
「やっぱりおかしい。時雨君、ちょっとここで待ってて
慎也かどうか確かめてくる」
そう言って先生が谷口さんの方へ走ると谷口さんは逃げ出した。
一体どうしたというのか。
俺は取り敢えずその場で立ち尽くす。
先生、大丈夫かな。
暫くしたところで、後ろから肩を叩かれた。
「時雨君!」
その声に振り向くと、そこには谷口が立っていた。
「谷口?お前どうしてこんな所にいるんだ」
「お父さんを、探してたの」
なるほど。
「それならさっき向こうに走って行ったぞ」
俺が言うと、谷口はにんまりと笑った。
次の瞬間、俺に抱きついてきた。
耳元で谷口が囁く。
「ありがとう」
俺は咄嗟に谷口を突き飛ばした。
谷口、いや多分P2は後ろに転んだ。
俺はその場に膝をつく。
腹部から血が流れ出ていた。
初めて感じる痛さに涙が滲む。
「酷いよ、時雨君」
P2は依然谷口のままで笑っていた。
「さっきのも、P2だったのか・・・」
その問いには答えず、P2はただ笑っていた。
反撃しなければと思うのだが体が動かない。
少しでも動けば腹に激痛が走る。
「くそっ、ふざけやがって・・・」
「もう動けないんだ、残念」
そう言うと、谷口の口が裂け大きな口を開けた。
「それじゃあ、頂きます」
俺を丸呑みする勢いで襲いかかってくる。
これでは拒絶しても多分無駄だ。
動け、交わすんだ。
避けなければ、喰われる!
「っっ!!」
俺は死ぬ気で横に転がった。
間一髪攻撃を交わしたが、傷口が広がったらしく血が吹き出た。
そのせいか意識が朦朧とする。
目の前が霞んだ。
「まだ動けたか、でももうおしまいみたいだな」
P2の口調は先程とは違い荒くなっていた。
俺は朦朧とする意識をなんとか現実に繋ぎ止める。
意識を集中させて弾丸を創る。
これで相手が倒れなければ俺の負け。
つまり死だ。
俺は目一杯力を込めて弾丸を創り出した。
それを装填する。
「死んで、たまるかっ!」
敵に向け引き金を引く。
弾は敵の頭に命中し貫通した
そして相手は倒れ・・・なかった。
「いてぇなぁ、でも弱い。弱すぎる!
それで倒せるとでも思ってたのか!」
P2はケラケラと笑った。
俺は言葉を失う。
もう、駄目だ。
「諦めるのか、つまらんな」
P2は俺に近づいてくる。
俺は動けない。
意識も殆どなかった。
意識が途切れる寸前、
P2が大きな口を開けて俺に襲いかかるのが見えた。
真っ黒な空間で、一人上を見ていた。
いや、上かどうかも分からない。
自分が目を開けているのか瞑っているのかさえ分からない。
何も考える事なく、宙を眺めていた。
そんな真っ暗な空間に小さな光が漂ってきた。
その光は俺の目の前で止まり人の形になった。
「久しぶり、時雨君」
「誰だ」
「忘れたの?僕は影」
光は形を変えいつか見た女の子の形を作った。
が、すぐに形を変え男の人になった。
「影、がなんの用だ」
「君、死んだと思ったでしょ」
「という事は生きてるんだな」
「あんな傷じゃ死なないよ」
あんな傷、という事はそんなに致命傷でもなかったのか。
いや、一般的に考えたら致命傷だよな。
「ここは何処だ」
「君の心の中とでも言おうか。
僕は影となって君の意識化に入り込んでる。
起きたら大分傷が治っているはずだよ」
「そうか・・・」
お前が誰なのか、どうやって入ったのか
聞きたい事はいろいろあったが、今は全てがどうでもいい。
「そろそろ起きなよ、寝坊助さん」
そういうと、影は光の玉に戻り消えた。
起きなければ、そう思った。
目を開けると、いつもの風景が広がっていた。
体を起こそうとして倒れる。
全身が重く、動かすと痛みが走る。
視点だけを巡らせていると、ヒロトが布団の上で寝ていた。
手が届かない場所にいるので撫でることができない。
ただヒロトを見てると、足音が聞こえてきた。
足音はだんだん近くなり扉の前で止まる事なく中へと入ってきた。
「時雨君、起きたのかい」
先生の手には果物が沢山乗っていた。
「本当にすまないね、僕が不注意なばかりに」
「いや・・・、悪い」
「君に非はないよ。完全に僕の失態だ。
まさかあそこまでの知識を有していたなんてね」
果物を脇の机に置くと、椅子に腰掛けた。
昨日俺が襲われた後、間一髪で先生が助けてくれたんだろう。
「ありがとうな」
「感謝される覚えはないよ」
「助けてくれたんだろ」
「当たり前じゃないか。僕は君の先生だからね」
先生、か。
本来であればこの人とは赤の他人だ。
彼にメリットなんてないはずなのに。
「まぁ、ゆっくり休んでなよ」
「あぁ」
「これ食べていいから。あ、ご飯のほうがいい?」
「いや、食欲はない」
「そう、じゃあ僕は下にいるから何かあったら信号を送ってよ」
俺が頷くと先生はにこりと笑った。
先生がいなくなると、途端に静かになる。
「俺って、意外と弱いんだな・・・」
戦闘においても、人間的にも、俺は弱い。
自分がこんなに小さく思えたのはいつぶりだろう。
寂しい、なんて感じたのはいつぶりだろう。
俺は、本当に弱虫だ。




