第二十五章「企み」
水曜日になると急激に一週間の終わりを感じる。
週の初めはあんなに長く思うものなのに、七日のうちの三日目に
入っただけでこうも違うものなのかと思うが
それは多分土日が休日であるという認識故だろう。
土日を抜けばちょうど真ん中といったところか。
そんなことも、夏休みに入ってしまった学生には
関係のない事なのだろうけど、身に付いた習慣と感覚は
そう簡単に拭えるものでもない。
「水曜日、か」
ふと、そんな言葉を漏らした。
特に意味なんてない言葉だ。
それでも、聞こえた人は反応する。
「今日は谷口さんが来るね」
先生が開店の準備をしながら言った。
それも、きっと深い意味なんて持ちはしない。
ただの雑談。
別に嫌いじゃない。
「そうだな」
意味のない会話は、続かない。
「時雨君!おはよう!」
代わり映えしない態度で谷口が入ってきた。
「お、おはよう」
「元気ないなぁ、まだ朝だよ」
朝だからこそのテンションなんだが。
まぁ、谷口は常にこのテンションだからな。
朝とか別に関係ないのだろう。
「おや、元気だねぇ」
「あ、マスターさん。おはようございます」
先生がお皿を持って出てきた。
すかさず谷口はお皿を持ちに行く。
「あ、いいよ。着替えてきな」
「すいません」
谷口が着替え終えた頃、店を開けた。
開いてすぐには誰もこない。
しばしの休憩時間となる。
開店してすぐに休憩というのもおかしな話だ。
「時雨君、最近どうなの?」
「どうって何が」
「授業だよ。時雨君、頑張ってるんでしょ?」
「あぁ、別に。これといった事はない」
谷口は随分と休みを満喫しているようだが
課題はちゃんとやっているのだろうか。
「そっか、そういえば!忘れてないよね。約束」
「約束?」
谷口と約束なんてしていただろうか。
谷口はわざとらしくため息をついて見せた。
「やっぱり忘れてる。一緒にカラオケ行こうって言ったじゃん」
そんな事を言っていたような気もする。
別に約束をした訳ではない気がするのだが。
「そんな事より、課題はやってるのか」
「ぐっ、そこを突かれると痛いなぁ。
お母さんみたいな事言わないでよ」
「やってないのか」
谷口はえへへ、と照れたように笑って見せた
笑っている場合でもないだろう。
「課題ってなんであるんだろう。しかも多いし」
「休みの間、何もしなかったら脳が腐るだろう」
「えー、腐らないよ」
すでに休みボケしているように見えるのだがな。
そこは指摘しまい。
そんな会話をしていると、来店のベルが鳴った。
入り口を見ると、谷口父が立っていた。
「あ、お父さん」
「ちゃんとやってるか、萌梨」
「真也、どうかしたのかい?」
先生は紅茶を準備する。
だから、紅茶ばかりを使うなと何度も言ったのに。
また買いに行かなければならなくなるな。
「ヒロト、最近街には行った?」
ヒロトがピクリと耳を動かした。
やっぱりややこしいよな。
「行ったけど」
「彼奴らに会った?」
「会ったけど・・・」
「やっぱりね」
谷口さんは一人でうなづいた。
「何かあったのかい」
先生が聞くと、谷口さんは難しい顔をした。
「彼奴ら、何か企んでるみたいだ」
「企んでるのは昔からだよ」
「いや、そうじゃなくて。最近動きが見えないんだ。
息を潜めてる。彼奴らが静かだなんて嫌な感じしかしない」
「それで、忠告に来たと」
「気を付けておいて損はないと思うよ」
話に全然ついていけなかったが、特殊部隊が何かしたのだろうか。
真剣な話に聞こえたが、先生は依然ヘラヘラと笑っている。
「気をつけるよ」
「ヒロトは油断癖があるからなぁ」
「そんな事ないよ。想定内の事なら対処出来るさ」
それが油断って言うんだよ、と谷口さんは笑った。
紅茶を飲み干すと、谷口さんは席を立った。
「それじゃ、萌梨頑張ってね」
「お父さん無銭飲食?」
「情報料だよ」
情報がなくとも友達の家感覚で飲みに来てそうだけどな。
それと、と言うと谷口さんは俺の方を見た。
「時雨君、娘をよろしくね。
こんな奴だけど、いざという時守ってやってほしい」
俺は頷く。
「友達ですから」
谷口さんはニコリと笑って店を出た。




