第十九章「お気に入りの紅茶」
「あ、紅茶切れちゃった」
先生が空になったカンを覗いて言った。
珈琲とか、烏龍茶とかもあるのに紅茶ばかりが売れる。
それに自分たちでも飲んでいるから減りが早い。
「私買ってきましょうか?」
谷口が何も乗ってないトレイを持って近づいてきた。
まだ二回目だというのに随分と慣れている。
「いや、大丈夫。もうお店閉めるし、
買いに行くとしても時雨君に行かせるからいいよ」
いや、なぜ。
「そうですか」
「って事で時雨君、よろしくね」
いやだから、なぜなんだ。
空がオレンジ色に染まり、鳥も巣に帰る時間。
俺はビニール袋片手に人気のない道を歩いていた。
先生お気に入りの紅茶は専門店で買っているらしく、
店からは少し距離があった。
俺も嫌いではないが、もう少し考えて消費してほしい。
もっと買い溜めしておくとかすればいいのに。
文句を呟きながら歩いていると、後ろから笑い声が聞こえた。
振り返ると、そこには女の子の姿をした影が立っていた。
「P2⁉」
俺は身構える。
しかし、女の子はずっと笑っている。
いつも出くわすP2とは少し違う。
「お兄さん、警戒しないで。捕って食べたりしないから」
「そんなこと言われてもなぁ」
女の子はまた笑う。
不思議と危険な感じはしない。
「お前は、何者なんだ」
「私は影。最近私を狙う奴がいて自由に動けないの。
だから気晴らしにお兄さん、時雨君をからかいに来たの」
「なんで名前を知っている」
女の子は笑うだけで応えなかった。
「夜になるよ、早く帰りなよ」
「お前が引き止めたんだろ」
「そうだっけ?」
そう言うと、女の子は笑いながら消えた。
「なんだったんだよ・・・」
俺は不快に思いつつも帰路についた。
変なものに好かれちゃったなぁ。
扉を開けると、鈴の音が鳴った。
この音も聞き飽きた。
「時雨君、おかえり。遅かったね」
店内には先生の姿しかなかった。
谷口はもう帰ったようだ。
「ちょっと、変なのに絡まれてた」
「何々、ヤンキー?」
「ちげぇよ」
だよねぇ、と流された。
ムカつくなぁ。
「P2かい?」
「影、って言ってたな」
先生の動きが止まった。
「あぁ、また勝手に・・・」
「知ってるのか?」
「いや、ヒロトの話さ。見てほら」
そう言って破けた袋を見せてきた。
「あいつ勝手に餌食べるんだから。やめてほしいよね」
やめて欲しいのはこっちだ。紛らわしい。
そういえば、ヒロトの姿が見えない。
いつもはカウンターで寝ているのに。
「で、影だっけ?聞いたことないなぁ」
「知らないのか」
「知らないねぇ」
この人の態度だと本当に知らないのかふざけているのか分からない。
隠し事が多いんだよなこの人。
名前も教えてくれないし。
「まぁ、調べてみるよ」
「あぁ、頼む」
会話に区切りがついた所に、ヒロトが帰ってきた。
「あ、お前っ!」
先生がすかさず捕まえようとして、避けられた。
そして、何食わぬ顔でカウンターへと乗った。
「先生、舐められてるぞ」
「はぁ、猫の癖に・・・」
ボソッと先生が呟くと、ヒロトが牙を剥いた。
猫パンチというやつである。
「こいつ・・・!」
やはり、先生よりヒロトの方が権力が上らしい。




