キミは笑うかな?
キミは笑うかな?
ぼくはキミのことが好きだ、なんて言ったりしたら───
ぼくがキミと初めて会ったのは小学3年生。引っ越してきたキミが、ぼくたちのサッカーチームに入ってきたときだ。
それまで、ぼくがチームで一番うまかったけど、キミはレベルが全然ちがってた。
ぼくのプレーは相手が来てもものともしない、まるでトラックみたいだって言われたことがあるけど、キミのドリブルはまるで相手がよけていくみたいに、するすると走り抜けていく。シュートも正確で、特に試合を決めるゴールはいつもキミが決めていた。
すごいって思ったのは最初のうちだけで、すぐにくやしくなった。いつもぼくが一番かつやくしてて、試合のヒーローはいつもぼくだったのに、キミが全部とっていっちゃったんだもの。
だから、いっしょうけんめい練習した。チームの練習にはだれよりも早く行って、一番おそく帰るようになった。学校から帰ったらすぐにボールを持ち出して練習してた。
それでもキミには追いつけなくて、くやしくてくやしくて、練習が終わった後に泣きながらボールをけってた。
そんなとき、キミが声をかけてきたんだ。
「どうしたの? 大丈夫?」
って。
それが、よけいにくやしかった。
どうして声なんかかけてくるんだろう? なんで心配なんかするんだろう? ぼくが泣いてるのはキミのせいなのに。
そんな気持ちが頭の中をぐるぐる回って、気がついたらキミに勝負をいどんでた。自分でも、どうしてそうなったのかよく分からないけど。
キミが持ったボールをぼくが取れれば、ぼくの勝ち。取られなければキミの勝ち。
キミはそれでいいって言ったから、すぐに勝負を始めた。
絶対に取ってやるって思った。キミのドリブルでぼくが抜かれても、キミの勝ちじゃないって言いわけができるし、時間も決めてないから、しつこく追いかけていれば、そのうち勝てるだろうって思ってた。
でも、思ったとおりにはいかなかったね。
だって、けっこうカンタンに、ぼくが勝っちゃったんだもの。
最初は、てかげんされたって思った。でも、キミがくやしそうな顔で、
「も、もう一回!」
なんてムキになって言ってきたから、本気だったんだなって思った。
そのあとも、何回も勝負した。ときには攻守交代してやったけど、ぼくはキミに負けなかった。
あのときは少しふしぎだったけど、理由は後になって気がついた。
あのころ、ぼくは背が高くて、キミは小さかった。だから、キミはぼくみたいな力で勝負するようなプレーは苦手だったんだね。
キミは、試合で一番かつやくして目立ってるけど、ぼくはそんなキミに勝てるんだ。そう思ったらくやしくなんかなくなって、またキミのことをすごいやつだって思えるようになった。
それからは、2人でよく遊ぶようになった。
キミの家でテレビゲームをしたり、ぼくの家の庭で水遊びをしたり。新しく買ってもらったサッカーシューズを見せあったりもしたね。
でも一番多く遊んだのは、やっぱりサッカーだった。
二人でパスやドリブルの練習をしたり、一対一でボールの取り合いをしたりしながら、ぼくたちはどんどん上手くなっていった。
ぼくは、キミほどじゃないけどボールのコントロールが上手くなって、相手を置き去りにするみたいなドリブルや、正確なパスやシュートができるようになった。キミも、相手が力で当たりにきてもちょっとやそっとじゃびくともしないようになった。
特に試合では、ぼくたちの連けいプレーがすごくうまく決まるようになった。
ぼくのドリブルは、キミでもなかなか止められない。だから、相手のチームは2人、3人とぼくにマークをつける。そうやってぼくに人が集まれば、そのぶんキミが自由にプレーできる。
キミが苦手な力じまんの人がぼくのマークに来たときなんかは、キミにパスを出せばキレイにゴールを決めてくれた。キミのほうにマークが多くなったら、ぼくのドリブルを止められるやつなんてそういない。ゴール前まで走りこんで、ぼくがそのままシュートを決めてた。
シュートはやっぱりキミのほうが正確で、ぼくはキーパーのいないゴールのすみっこをねらって外すことも多かったから、ゴールを決めた数はキミのほうが多かった。
でも、ぼくのプレーがあるから、キミがかつやくできる。キミのプレーがあるから、ぼくが自由に動ける。
───だから、それでいいんだって思ってた。
小学6年生に上がる春休み。ぼくたちはいつもみたいに2人でボールの取り合いをしてた。
このころになると取り合いの勝負は勝ったり負けたりで、今日はぼくのほうが多く勝ったとか、明日は負けないぞ、とか言い合ってたね。
あのときは、ぼくがボールを持ってキミが取りにくるほう。フェイントを使おうか迷ったけど、けっきょく体当たりから力勝負にしようって決めた。
でも、キミも同じことを考えてて、おたがいに体をぶつけ合った。
それで、バランスをくずしてしりもちをついたのは、ぼくのほうだった。
ショックだった。
体当たりで負けたこともそうだけど、それよりも、
「大丈夫か?」
って言いながらさし出してくれたキミの手が、すごく大きく感じたことが、ショックだった。
立ち上がって気がついてみれば、キミの背はぼくと同じくらいになってた。
くやしいって思うより、さみしかった。
せっかくキミに追いついたのに。キミと同じところにいられると思ったのに。
またキミはぼくをおいて、先に行っちゃうの?
そう思ったらなみだが出てきて、そんなぼくを見てキミはあわててた。
その日は「ごめん」って言って、ぼくはそのまま帰った。
次の日の練習には出られなかった。
キミの顔を見たら、またあのさみしさがこみ上げてくるんじゃないかと思って、キミに会いたくなかった。
だから、ママに「今日は調子悪いから」って言ってズル休みした。
そう言っちゃったからには、家でじっとしてなきゃいけなくなっちゃって、いつもサッカーをやってた時間がぽっかりとあいちゃったから、ヒマでヒマでしょうがなかった。
ズル休みなんて初めてだったから、ゲームもなんかやる気がしなくて「あ~あ、やっちゃったなぁ。次からどうしよう?」なんて思いながら、部屋でごろごろ転がってた。
ヒマな時間があると色々とヘンなことを考えちゃって、キミと会ったらなんてあいさつしようか? とか、キミに会わないでサッカーの練習にいく方法がないか? とか、いっそサッカーやめちゃおうか? とか、本当にバカなことを考えてた。
でも、どれだけ考えても答えは出なかった。
そんなふうにしてたら、練習を終わらせたキミが、家にやってきたんだ。
最初、なんで? って思ったけど、前の日もぼくはヘンだったし、今日も休みだったら、そりゃ心配もするよね。
でも、ぼくはやっぱりキミに会いたくなかった。だけど、ママが家に上げちゃったから、キミに会わなくちゃいけなくなった。
どんな顔してればいいんだろう、とか、なんてあいさつしようとか、さっきまで部屋で考えてたことがまた頭の中をぐるぐる回って、それでも答えは出なかった。
だからあのとき、ぼくはどんな顔をしてたのか覚えてない。すごくヘンな顔をしてたんだろうとは思うけど。
ただ、キミの顔を見たとき、すごくほっとしたのを覚えてる。
それまで考えてたことが全部どうでもよくなって、ふつうにキミと話ができた。
それで、次の練習にはぜったいに行くから、またいっしょにサッカーやろうね って約束して、キミは帰っていった。
キミの背中にむかって手をふるのはちょっとさみしかったけど、今日胸の中でずっとモヤモヤしてたのがスーっと晴れた感じがして、キミが来てくれて本当に良かったと思った。
だから、次の日からはまたいつもどおりにキミと会えるって思ってたんだけど、ちょっとおかしなことになった。
まず、ヒマさえあればキミのことを考えるようになった。
この前話したこととか、どんな遊びをしたとか、今度会ったらどんな話をしようか、とか。キミの顔を思いうかべてそんなことを考えるだけで、なんかウキウキした気持ちになっちゃう。
いざキミに会えるってなったら、今度はものすごくドキドキするようになった。
ぶっつけ本番でいきなりピッチに立つみたいな、初めての試合でコチコチにきんちょうしてるみたいな、そんな感じ。
でも、キミに会ったら、キミの顔を見たら、すごく安心するんだ。
さっきまできんちょうしてたのが何だったんだろう? ってくらい安心して、うれしくて。
まい上がっちゃうくらい、うれしくて。
だからキミと話をするときは、そんな自分をおさえるのに必死だった。
そうやっていつもどおりに話ができたら、それはとってもうれしくて、楽しかった。
だから、キミと別れるのがすごくさみしかった。
キミが目の前にいないって、そう感じるだけで、小さなハリで胸をちくちくさされるみたいで、すごくイヤだった。
そんなときは、キミのことを考えることにした。キミの顔を思いうかべていれば、キミがいなくてさみしい気持ちもまぎれたから。
あのころは、そうやってずっとキミのことばっかり考えてたなぁ。
サッカーのプレーにとっては良いことだったみたいで、その年の大会ではものすごく調子が良かった。
県大会で決勝まで行って、プロサッカーチームのジュニア相手に2-2。最後はPK戦で負けちゃったけど。
ぼくたちのサッカーチームは小学生までしかいられなくて、今年が最後の大会だったから、すごくくやしかった。
くやしくてくやしくて、キミと2人で思いっきり泣いた。
それからも、ぼくは中学に上がるまでチームの練習に出るつもりだったけど、キミは練習に来なくなった。
私立の中学に行くから勉強しなきゃいけない って言ってたね。
だから、夏休みもなかなか遊べなかった。
キミが練習に来なくなって、休みの日にもキミに会えなくて、さみしい気持ちがどんどん大きくなっていった。胸の中でモヤモヤしたのがぐるぐる回って、すごくイヤだった。
受験なんて落ちちゃえばいいのに って思ったこともあった。そしたら、近くの中学にいっしょに行けるのにって。
でもキミの受験の日が近づくにつれて、キミは負けずぎらいだから、きっとすごくくやしいんだろうなぁ って思うようになった。そうしたら、キミにはそんな気持ちになってほしくないって思うほうが強くなった。
だから、その年の年末に思い切って、お正月の初もうでにさそったんだ。いっしょに『合格きがん』しよう って。
キミはOKしてくれて、パパとママに話をして、いっしょに初もうでに行くことになった。
お正月。久しぶりに会ったキミは、また少し大きくなってた。
パパとママが、キミのパパとママにあいさつをしてる間に、ぼくたちは先にお参りしてくることにした。
お願い事はもちろん、キミが受験に合格しますように。
それから、おこづかいとお年玉を使って、屋台で思いっきり買い物をした。ヘンなお面をかぶって笑わせあったり、たこ焼きとかクレープとかを食べあったり。
キミと2人で遊ぶのは本当に久しぶりだったから、もうおさえきれないくらいうれしくて、楽しくて。すっごいはしゃぎ回ってた。
で……そんなところを学校の友達に見られてた。
いきなり後ろから背中をたたかれて、ものすごいビックリした。ふり向いてみたら、学校で見慣れた顔があって、
「なんか、すごいはしゃぎ回ってたから、声かけようか迷ったんだけど」
って言われて、さっきまでのぼくを見られてたって思ったら、すごくはずかしくなった。
それから、友達にキミをしょうかいして、キミに友達をしょうかいして。
それがひととおり終わったところで、友達がとんでもないことを言い出した。
「なんか、付き合ってるみたいだね」
って。
いきなりそんなことを言ってくるもんだから、かじったばっかりのチョコバナナがそのままノドにすべり落ちていった。
「そっ……!」
「そんなわけない!」って、すぐにそう言おうと思った。
でも、言えなかった。
その言葉は、言っちゃいけない気がした。
口に出しちゃったら、とても大事なものをなくしてしまうような気がして、言えなかった。
だから、どうしたらいいかわからなくて、ぼくは助けを求めるみたいにキミの顔をのぞきこんだ。
ぼくと目を合わせたキミは、ちょっと困ったような顔をして
「そういうわけじゃないよ」
って、そう言った。
その言葉を聞いたとき、なんかすごくイヤな気持ちになった。
モヤモヤしたのが胸の中でふくらんで、ノドまで上がってきたみたいなイヤな感じ。このときは、このモヤモヤの正体がぜんぜん分からなかった。
そのときはヘンな空気になっちゃって、みんな何も言えなくなっちゃったんだけど、すぐにお参りが終わったパパとママがきてくれたから助かった。
初もうでから帰る途中、さっきのことが気になって、ずっと考えてた。
友達に「付き合ってるの?」って聞かれて、「違う」って言おうとして。
でも、なんで言えなかったんだろう?
ぼくが言えなかったことをキミが言ってくれて、なんでぼくはイヤな気持ちになったんだろう?
ピンとくる答えが出てこなくて、ずーっと考えてたんだけど、あるときふと思いついたんだ。
ぼくは、キミと付き合ってるって言いたかったのかな? って。
でもホントに付き合ってるわけじゃないから、そんなこと言えないよね。だからキミに助けてほしいって思ったんだ。
だけど、キミはやっぱり「そうじゃない」って言った。ぼくは、付き合ってるって言ってほしかったのに。
だから、イヤな気持ちになったのかな?
あれ? なんでぼくは、キミと付き合ってるなんて言いたかったんだろう? どうして、キミにそう言ってほしかったんだろう?
そこまで考えて、やっと気がついたんだ。
ぼくはキミのことが好きなんだ って。
だから、キミが合格したって聞いたときは、自分のことみたいにうれしかった。
それでさっそく、遊びにさそったんだ。合格のお祝いをやろうって。
ずっと勉強ばっかりでつまらなかったのか、キミはうれしそうな声でOKしてくれて、次の日曜日に会うことになった。
だから――
ママに言って、いつもとはちがう美容院でヘアカットしてもらった。
サッカーのときにジャマにならないように短く切ってあったから、あんまり変わりばえしないだろうって思ってたけど、自分でもビックリするくらいちがった感じになった。
服も、友達といっしょに選んだ流行りのやつを着ていく。
それで、ちゃんとぼくの気持ちを、キミに伝えよう。
「キミのことが好きだ」って、ちゃんと言うんだ。
ヘンじゃないかな?
スカートなんて初めてはいたから、似合ってるといいんだけど。
おかしくないかな?
いつもと全然ちがう格好だから、ちょっとはずかしいや。
キミは笑うかな?
ぼくはキミのことが好きだ、なんて言ったりしたら───
冒頭2行の言葉から膨らませて書いてみました。当初のコンセプトとはだいぶズレたような・・・