九.過去 琴神冬子の視点
眼鏡をかけるようになった。
彼は本の読みすぎだと文句を言った。
それを言うならば暗いところでという言葉をつけるべきなのだろうけれども。
私は学校に行けなくなっていた。
人の不幸と向き合いすぎてしまった。
邪まなものに入り込まれて犯罪を犯す人を説得したりしていたら、私自身が犯罪者なのではないかと疑われ、そしてクラスの中での居場所を失った。
ちょっと頑張りすぎたのだろうか。
ただ、毎日彼は来てくれた。
「昨日、火事がありましたね」
「やっぱり。14人死亡でしょう」
「ニュースで見ましたか」
「ううん、見えたから」
見えた?
「忘れたの? 私には不幸が見えるのよ」
空を見てたらね、何かが空に溜まっていって、そして、大きくなってすごい勢いで地面に向かって落ちていったの。
そうしたら、どんどん何かが渦を巻いて落ちていったところに集まっていったわ。そして、何分かおきに塊が見えたの。きっと、あれは、人が死んだ瞬間に、膨らんだ不幸だったのね。
「それ以上は言わなくていいですよ」
私ね、怖かったけれど眼をはなせられなかった
「もういいですから」
数えたよ。全部で14。だから、わかったの
「言わなくていいと、僕は言ったんです」
「じゃあ、私に一人で抱えてろって言うんだ」
「……申し訳ありません」
私は最低だ。彼の好きそうな話題に変えることにした。
「そういえば、最近のクラスの様子はどうなの?」
「うちは私立の高校を狙う人が多いのか、ぴりぴりしてますよ。ほら、高橋君っていらっしゃるでしょう。あの人東京の……なんだったかな、カタカナの名前の高校を目指しているらしてく、毎日神経をはりつめていましたよ。あんまりはりつめすぎて、クラスの皆とうまくやっていけてない気もしますが」
「あなたはどうするの?」
「町内の高校に進学します」
「じゃあ、また会えるね」
「君はどうするんです?」
「このままだと、高校には行けないけれど、準備はしてるよ。お父さんの紹介で、事務の仕事につけそうだから」
「お嬢め」
「お嬢様は中卒になんてならないよ」
「そりゃそうですけど……」
自虐ネタ。私と彼の間の空気が少し和らいだのを見計らって、彼は本題を口にした。
「あの、今度クラスでやるクリスマス会の話ですが」
「いつも誘ってくれるのは嬉しいけれど、私はやっぱり行けない」
「その、最後ですし」
「私のこと、みんな嫌いよ?」
「そんなことありません」
「みんながみんな自分と同じだと思わないで。世の中の人はね、みんな、好きと嫌いはっきりさせてるのよ。あなたみたいにどっちでもないなんて中ぶらりでいられる人はいないの」
しゅん、とする彼を見てなんだか変な気分だった。なんで不登校児がお説教しているのだろう。
「わかったわ」
「え?」
「明日、学校に行くから」
この人は、嬉しそうな顔をするのね。
窓の外を見る。
この世のものでない色で覆われた空がある。
何か、よくないことが起こるのではないだろうか。
どうか、彼にだけは何も起きないことを。
私は祈った。
誰に?




