三.過去 琴神冬子の視点
昔から、表情に乏しい子だと言われていたが、泣くことだけは人一倍こなしてきた。
怖い物を視てしまって、逃げて、私はおばあちゃんの家に駆け込むと、泣きついた。
おばあちゃんは私の言葉を一通り聞いてから、頭をなででこう言った。
「そうかい。お前にはあれが見えたのかい」
私はさっき見た、誰にも見えていない、怖ろしいもののことを尋ねた。
「おばあちゃんにも、視えるの……?」
にこにこと笑って……、いつものように、にこにこと笑って、
「あれはこの世のものではないんだよ」
おばあちゃんは私にそう教えてくれた。
「あれはオバケなの?」
おばあちゃんは皺の刻まれた手で私の頭をなでてくれながら、笑った。
「オバケの時もあるし、違う時もあるんだよ。あれはね、そう。『邪なもの』のさ」
「『邪ま』?」
知らない言葉だった。それよりも、おばあちゃんが妙にニコニコしているのが気になった。
「あれはね、お前のお父さんやお母さん、それにお友達にも見えていないんだよ」
見えていない? あれが?
あんな気持ちの悪いものが、見えていないと?
「私にも見えないのだけれど、琴神の血筋には、そういう人間がたまに生まれるらしいんだよ。あいつらは闇の中にしか棲めない。怖いとか、苦しいっていう気持ちが大好きで、人の心の闇に憑りつこうとするのさ」
「それってオバケだよ」
「オバケの時もあるし、そうでない時もあるらしい。ただ、見る眼を持つ者にはわかるんだ。それは、この世のものでない色をして、この世のものでない形をして、そして人の心に入り込もうとする。入り込まれた人間は体を悪くしたり、不幸になる」
「不幸?」
「悪いことをするのさ。いけないとわかっているのに、悪いことをしてしまう。それはとても不幸なことだからね」
私はとても怖くなった。けれど、おばあちゃんはニコニコと笑っている。
「おばあちゃん。何で笑っているの?」
「そういう奴らはね、楽しいとか、笑顔に弱いのさ。お前なんか怖くないぞってことを見せ付ける。そうすれば、奴らは手を出せない。だから、冬子とうこ。お前は、悲しいとか、辛いなんて思っちゃ駄目だよ。奴らは姿を見ることができるお前にちょっかいを出すかもしれない。奴らを近づけないように、心に闇を作っちゃだめだよ。一人で夜に出歩いたりもしちゃいけない」
おばあちゃんはニコニコしている。けれど、私にはわかる。おばあちゃんが、悲しいという気持ちを持っていることを。
「怖いときはおばあちゃんのところにおいで。おばあちゃんが、守ってあげるからね」
私は泣きながら、うんとうなづいた。
けれど、多分おばあちゃんに頼ることはないと思う。
おばあちゃんの部屋の片隅で、私にしか見えていない、うずくまった何かがぶるりと震えた。
「もし、そういうものが見えても、笑ってやりなさい。怖いと思っていることを気付かれないように」
私は、笑えなかったけれど、できるだけ表情を崩さないようにした。
おばあちゃんに、心配をかけないように。
そして私は表情を捨てた。
おぞましい姿をしたそいつらを見ても、泣かないですむように。




