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邪視  作者: 伊藤大二郎
15/16

15.平成21年12月24日 坂口祥瑞の視点

「祥瑞、起きろ! ……って起きてるね」

「姉貴、おはよう」

 俺はもうすでに登校準備が終わっている。

「今日はちゃんと朝飯食うわ」

「まあ、いいことだけれど。なんか調子狂うなあ」

 どっちにしろ文句言われるのかよ。



 朝食をとりながら、姉貴に今日の予定を話す。

 夜は遅くなるということ。けれど、みんなで押しかけるということ。

「ユーレイ君も伊織ちゃんも来るのかい?」

「ああ、その予定。なんかうまいもん頼むわ」

「いいよ。それにしても伊織ちゃんも変なのに捕まったね。イブに二人っきりにならないなんてさ。あんたユーレイ君の方ばっかり。実はその気があるのかい?」

「ああ、そうかもしれない」

 いや、そんなドン引きしないでくれ。




 その日、友礼は学校を休んだ。

 打ち合わせどおりである。

 夕方、どこかで落ち合えばいい。伊織には、連絡した。

 いつまででも、待つと言われた。正直、俺にはもったいない女かもしれない。



 昼休み、校庭の大きな木の下で、あの女の子を見かけた。

「よ」

「こんにちは」

 憑物が落ちたみたいに、はればれとした顔だった。

「元気そうだな。何してんだ?」

「え、と。お墓の掃除に。さすがに墓石なんておけないけれど、綺麗にしておきたいなと思って」

「そうか。正しいな」

「今日は、あの綺麗な人は?」

 知らなかった。あいつはそういう形容詞で呼ばれるのか。

「あいつは休みだ。どうした」

「いえ……」

「それにしても、今日は俺を怖がらないんだな」

「はい。なんででしょう。今日は暖かいです」

「ふうん。じゃあ、俺は行くけれど、一つだけ言っておこうと思ってな」

「……はい」

「許すよ」

「……え?」

「お前、自分を許す気ないだろう? 別にそれでいいと思う。代わりに、俺はお前のこと許してやる」

「……なんで」

 なんでなどと言われても。鼻の頭をかきながら、答えを探す。

「その、あれだ。俺は最近、責任のないことで自分を責め続けている奴を見つけてな。そいつを、どうにかしてやりたかった。けれど、どうにもできない。だから、せめてどうにかできる奴だけは、どうにかしてやりたかった……って、お前なんで泣いてるんだよ」

 なんだかなあ。




 日が沈む。

 今日はみな聖夜に心躍らせている。

 俺はと言えば、特に何も感慨は起きない。


 友礼と、こうして二人一緒にいることで、いつも満ち足りている。


 こいつは今日も学ランのホックまできちんと締めている。

 しかし外出着これしかないのか。


「なあ、友礼。聞いてみたかったんだけれど。お前のめがねってもしかして奴の形見か?」

「まあ、そんな感じかもしれませんね」

「……なんでそいつは伊達眼鏡なんかかけてたんだ?」

「そればっかりは会って本人に聞いてみないと」

「あとさ、お前の話聞いてて思ったんだが、その女が不登校になったのって、おばあちゃんが亡くなってからだろ? お前の責任じゃねえよ。うぬぼれんな」

「……ありがとうございます」


 そして友礼はいつものような微笑を浮かべた。

「あと祥瑞さん、さっきから奴とかそいつとか……あの子には琴神冬子っていう名前がちゃんと」

「なんで名前で呼んでやらなかったんだよ」

「……」

 それでも、友礼の微笑は崩れなかった。






 俺と友礼は河川敷に来ていた。つい、先日。猫殺しの犯人を見つけた、あの川原。大して運命じみたものは、感じない。

「多分、ここだ。この町で一番邪気が強いのは。ここら辺をそういう邪まな気持ちでうろついてりゃ、多分出くわせる」

「ありがとうございます」

「先に言っておくぞ」

「……はい?」


「俺は、お前を不幸にさせたつもりなんて一度もない」


「……はい」

「ならいい」

「祥瑞さん。祥瑞さんは、そんな風に笑えるのですね」

 俺、今笑ったのか?




 時計を見ると、そろそろ日付が変わりそうな時間である。

 伊織はきっと今も待ってくれているのだろう。

 姉貴は、きっとプッツンしているのだろう。

 そして、友礼がこないことにもっと、悲しむのだろうな。



「あと、これは恨みがましいかもしれないが」

「はい?」

「姉貴は、どうやらお前に惚れてたみたいだぞ」

「う……。それは、ちょっと一番ぐさりときました」

「冗談だ」

 

 


 俺達は、何がおかしいのかよくわからないまま、ただ笑った。










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