15.平成21年12月24日 坂口祥瑞の視点
「祥瑞、起きろ! ……って起きてるね」
「姉貴、おはよう」
俺はもうすでに登校準備が終わっている。
「今日はちゃんと朝飯食うわ」
「まあ、いいことだけれど。なんか調子狂うなあ」
どっちにしろ文句言われるのかよ。
朝食をとりながら、姉貴に今日の予定を話す。
夜は遅くなるということ。けれど、みんなで押しかけるということ。
「ユーレイ君も伊織ちゃんも来るのかい?」
「ああ、その予定。なんかうまいもん頼むわ」
「いいよ。それにしても伊織ちゃんも変なのに捕まったね。イブに二人っきりにならないなんてさ。あんたユーレイ君の方ばっかり。実はその気があるのかい?」
「ああ、そうかもしれない」
いや、そんなドン引きしないでくれ。
その日、友礼は学校を休んだ。
打ち合わせどおりである。
夕方、どこかで落ち合えばいい。伊織には、連絡した。
いつまででも、待つと言われた。正直、俺にはもったいない女かもしれない。
昼休み、校庭の大きな木の下で、あの女の子を見かけた。
「よ」
「こんにちは」
憑物が落ちたみたいに、はればれとした顔だった。
「元気そうだな。何してんだ?」
「え、と。お墓の掃除に。さすがに墓石なんておけないけれど、綺麗にしておきたいなと思って」
「そうか。正しいな」
「今日は、あの綺麗な人は?」
知らなかった。あいつはそういう形容詞で呼ばれるのか。
「あいつは休みだ。どうした」
「いえ……」
「それにしても、今日は俺を怖がらないんだな」
「はい。なんででしょう。今日は暖かいです」
「ふうん。じゃあ、俺は行くけれど、一つだけ言っておこうと思ってな」
「……はい」
「許すよ」
「……え?」
「お前、自分を許す気ないだろう? 別にそれでいいと思う。代わりに、俺はお前のこと許してやる」
「……なんで」
なんでなどと言われても。鼻の頭をかきながら、答えを探す。
「その、あれだ。俺は最近、責任のないことで自分を責め続けている奴を見つけてな。そいつを、どうにかしてやりたかった。けれど、どうにもできない。だから、せめてどうにかできる奴だけは、どうにかしてやりたかった……って、お前なんで泣いてるんだよ」
なんだかなあ。
日が沈む。
今日はみな聖夜に心躍らせている。
俺はと言えば、特に何も感慨は起きない。
友礼と、こうして二人一緒にいることで、いつも満ち足りている。
こいつは今日も学ランのホックまできちんと締めている。
しかし外出着これしかないのか。
「なあ、友礼。聞いてみたかったんだけれど。お前のめがねってもしかして奴の形見か?」
「まあ、そんな感じかもしれませんね」
「……なんでそいつは伊達眼鏡なんかかけてたんだ?」
「そればっかりは会って本人に聞いてみないと」
「あとさ、お前の話聞いてて思ったんだが、その女が不登校になったのって、おばあちゃんが亡くなってからだろ? お前の責任じゃねえよ。うぬぼれんな」
「……ありがとうございます」
そして友礼はいつものような微笑を浮かべた。
「あと祥瑞さん、さっきから奴とかそいつとか……あの子には琴神冬子っていう名前がちゃんと」
「なんで名前で呼んでやらなかったんだよ」
「……」
それでも、友礼の微笑は崩れなかった。
俺と友礼は河川敷に来ていた。つい、先日。猫殺しの犯人を見つけた、あの川原。大して運命じみたものは、感じない。
「多分、ここだ。この町で一番邪気が強いのは。ここら辺をそういう邪まな気持ちでうろついてりゃ、多分出くわせる」
「ありがとうございます」
「先に言っておくぞ」
「……はい?」
「俺は、お前を不幸にさせたつもりなんて一度もない」
「……はい」
「ならいい」
「祥瑞さん。祥瑞さんは、そんな風に笑えるのですね」
俺、今笑ったのか?
時計を見ると、そろそろ日付が変わりそうな時間である。
伊織はきっと今も待ってくれているのだろう。
姉貴は、きっとプッツンしているのだろう。
そして、友礼がこないことにもっと、悲しむのだろうな。
「あと、これは恨みがましいかもしれないが」
「はい?」
「姉貴は、どうやらお前に惚れてたみたいだぞ」
「う……。それは、ちょっと一番ぐさりときました」
「冗談だ」
俺達は、何がおかしいのかよくわからないまま、ただ笑った。




