十一.過去 琴神冬子の視点
「こっち見るなよ。不幸がうつるだろ」
ほら、私の言った通りでしょう。
あなたの言う通り学校に来てみたわよ。で、邪魔にならないようにしてたけれど、途端こんなことを言われたわよ。
「なんで今更」
ええその通りよ。確か、高橋だったかしら? そんなに私のことが嫌いなら無視してくれればいいのに。なんでそんなに私に一々口を挟むのかしら。
わかってるわ。私のせいよね。
自分でも気付いているのよ。
私はこの世でないものを覗きすぎた。だから、私自身がそういうものに染まりつつあるんでしょう。
きっと私を見ただけで、みんな邪まな気持ちになってしまうのね。
今になっておばあちゃんが言ったことがわかったわ。笑わなければいけないのよね。怖いって気持ちを持ち続けていたら、私が怖いものになってしまう。
今の私は確かに見たものを不幸にしてしまう邪視の持ち主なのだわ。
帰ろう。
「ったく、だったら来るなよ」
ええ、その通りよ。高橋君。受験頑張ってね。
「ったく、清水みたいに適当にできないんだよ」
私は、足を止めて、高橋の前まで歩いていた。
何故? 私は何をしているの? 何を言おうとしているの?
「もう一度、言ってみなさい」
驚いたのだろう。私だって驚いている。
「あの人が……清水君が何よ」
きっと、とても怖い顔をしていたのだと、思う。もう、私はこんな顔しかできないのだろうか。高橋は、口を割った。
「あいつだって、俺と同じ学校目指してたんだよ。なのに、お前がいるから地元の高校にするんじゃないか」
「もう一度、言ってみなさい!」
何故、私が怒っているのだろう。
私は、怒る資格なんてないのに。
突き飛ばされたのは覚えている。
そして、私は視界の端で、ぶるりと震えるそれを見た。
その瞬間、私は確かに、悪意を以って、その男を睨んだ。
きっと私は、それは邪まな眼をしていることだろう。
物陰にあった、邪まなものが、高橋の体に入り込んだ。
奇声を上げながら、私に掴みかかる高橋。
騒ぎを聞きつけて、あわてて教室に入ってきた彼は、青白い肌をさらに青ざめて。私と高橋の間に割り込んだ。高橋が掴んだ何か硬いものが、彼の頭に叩き付けられた。
倒れる彼。
受け止めた私。
「琴神さん、ほら雪が降りましたよ」
こんな時にまで場違いなことを
「でも、なんで赤いんだろう」
頭から流れた血が、瞳の中に入ったのだろう。
彼の瞳は赤く、
そして私の頭の中は、この世ではない色に染まった。
邪まな眼で睨みつけて、狼狽した高橋に向かい
邪まなものは、邪まな人間の中に取り付く。
けれど、高橋は、私の悪意に操られた不幸によって凶行に走った。
私は、それができることを知った。
そうかこの眼は、そういう使い方なのか。
私に見られた彼は、私のせいで不幸になってしまった。




