表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セイケンガウガツ  作者: 柊雪葵
第一幕
9/76

なつきと淡雪2

 2040年4月8日日曜日19時30分



「やっぱりなつきちはここにいたんだね」



 桜花祭の喧騒が遠く聞こえる三科区画、技術開発局棟の屋上。

 そこには混凝土(こんくりーと)の地面に寝そべるなつきの姿。



「ゆき、今度は何の用?」



 なつきは淡雪の方を見ることなく、冷たさを含んだ口調で尋ねる。



悠翔(はるか)さんが君に目をつけた事が気になっただけだよ。あの子馬鹿なのか天才なのかよく分からない時があるから」



「一科会に誘われた……ただそれだけ」



「あら、意外と冷静なんだね。それで断ったの?」



「当たり前でしょ。面倒な事は御免だから」



 なつきは気怠げに答える。

 それを受けて淡雪は安堵(あんど)の息を漏らした。



「──でも、避けては通れない道なのは確か。本当に不本意極まりないけど」



「いざそうなった時には私が力を貸すよ。いつまでもなつきちに負けたままじゃいられないし」



「雀の涙くらいは期待しておくよ」



 淡雪自身、露ほども期待されていないことは分かっている。



 だからと言って胸の中の熱いものが冷めていくわけではない。

 むしろ反骨精神からより熱く燃え滾っている。



「話は変わるけど、なつきちはここで何をしているの?」



 なつきはただ空を見上げる。

 特に目的があってこんなところにいるわけではない。



「休息もたまには必要だと思わないかい? 強いて言えば、夜風にあたって酔いを醒ましているってところかな」



「また飲んでいたの?」



「まぁね」



 なつきは会話をすることにも飽きたというように、また夜の(とばり)が下りた空を(うつ)ろな目で見つめる。



 淡雪もつられる様に空を仰ぎ見た。



「流れ星見えないかな」



「今は見えないよ。まあ、ゆきも星を眺めていくならこれを使うといいよ」



 なつきは星を掴むかのように左手を天に向けて握る。

 手の中には髪留め。

 それを淡雪に投げ渡した。



「ありがと」



 何の意味があるのか分からない髪留めを淡雪は受け取ると、なつき同様に髪につける。

 そしてなつきと身体2つ分ほど離れたところに寝そべった。



「やっぱり天気がいいと、星が綺麗に見えるね」



「僕には関係ないけど、他の新入生にとって明日は晴れの日だからね……天気が雨というわけにもいかないんだよ。それとこの星空は天象義(てんしょうぎ)だから綺麗じゃなかったらなかったで問題だよ」



「はぁ、なつきちには風情(ふぜい)浪漫(ろまん)もないね」



 淡雪は半分呆れながら苦言を呈す。

 勿論なつきは見向きすらしない。



「そういえば、代表さんは桜花祭の管理をしなくていいのかい?」



「私の役目は予算だけ出してそれで終わりだよ」



流石(さすが)は所持金が10億円もある大富豪の代表さんだ。言うことが違うね。軽く見積もって500万円程度の金額なら端金(はしたがね)か」



「何だか、なつきちに言われると嫌みにしか聞こえない科白(せりふ)だね。事実として私なんかよりお金持ちだし、そもそも代表って呼び方する時点で嫌みでしかないけど」



「新入生として分相応なだけしか持っていないよ。ライヒスマルクならそうでもないけど」



「なつきち、嘘はいいよ」



「いや、本当だから」



 なつきは青い眼鏡と学生証を淡雪にの元へ転送する。



 疑っている淡雪は眼鏡をかけると学生証をかざした。



「えっ……嘘!?」



 眼鏡の透鏡(とうきょう)越しに見えた数値は淡雪の予想を大きく外れていた。



 志波なつき。

 女性。

 電子金券残高10万円。

 功績値60。



「──何か細工してる?」



「いや、してないよ。それがありのままの数値。」



「清和省序列5位の扱いがこんなに低いわけない……」



 特別技術開発局──通称清和省。

 組織内の序列36位。

 なつきの直属の部下にあたる淡雪は絶句する。



 驚愕、困惑、そして憤怒(ふんぬ)

 淡雪の表情は事細かに変化していた。



「序列5位というのも父、志波和貴(かずき)の後を引き継いだだけの飾りに過ぎないからね。今の僕にはあの研究室兼自宅を守るだけでも手一杯。むしろ本来は剥奪(はくだつ)されるはずだった状況に猶予(ゆうよ)を与えて貰っている。それだけでも相当優遇されているさ」



 なつきは表情、声色を一切変えることなく語る。



 ただ些細(ささい)な雰囲気の違い。

 それだけで、淡雪にはなつきの心情が読み取れた様だった。



「──酔いも醒めたし僕はそろそろ帰るよ。いつまでも人を待たせては申し訳ないし」



 なつきは淡雪の発しようとした言葉を打ち消して立ち上がる。

 それと同時に淡雪の手にしている眼鏡と学生証が姿を消す。



 そしてなつきは出口へと向かっていく。



 淡雪は紡ごうとした言葉を噤む事しかできず、ただなつきの背中を無言で見送った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ