違和感
「──行ったな」
一科会実の奥。
長机のある位置の死角に当たる場所から一人の少年が出てきた。
髪を茶色に染め、首や手など身体の至るところには装飾品。
それに加えて、何もしなくても睨んでいるように見える目付きの悪さと、全身から溢れ出るやる気のなさのせいもあってか無頼漢のような印象を受ける。
「いい意味で予想を覆してくれる子だったねー」
続いてもう一人少女が出てきた。
長い黒髪を後頭部の位置でまとめて、そのまま落とした活発そうな少女である。
「まったく……盗み聞きするなんて趣味が悪いわね。まあ、説明する手間は省けていいのだけれど」
「私は反対したのだけど、純がどうしてもって言うからー」
「稜希、貴女も同罪よ」
はーいと少しも反省する気のない返事をして小金井稜希は指定席に着く。
その様子に呆れた顔をする悠翔を見て、
「いつも通りだな」
と笑いながら市倉純も席に着いた。
「それで、貴方たちは志波さんをどう評価したのかしら?」
「悠翔を相手にして、あれだけ物怖じしない発言ができてる。頭の回転は悪くない。ただ彼女を入れると男子が俺一人になるっていうのが不満といえば不満だな」
「稜希は?」
「私には最初から一科会に入るつもりがなかったように見えたかなー。所作も綺麗だし、入ってくれるなら面白そうな人材ではあるけど……」
稜希はそこまで言って言葉がつまる。
「何か問題でもあったのかしら?」
「問題って言うほどでもないんだけどー、何となく男性的な感じのする人だったなーって。強いていうなら佐伯代表に似た印象を受けたから、悠翔さんとは馬が合わなそうだなって思ったよ」
「そう──」
悠翔が言葉を発した刹那、時節が悪く訪問者が来た。
「──二宮彩華です。入室してもよろしいでしょうか?」
訪問者は彩華。
なつきが一科会室に向かった後、淡雪から19時頃に一科会室へ向かうようにとの伝言を聞いていた。
「さーやんいらっしゃーい」
稜希が扉を開けて出迎える。
彩華はさやではなくあやですと内心で思いながら、中に足を踏み入れた。
「とりあえずさーやんもそこに座って」
稜希は先ほどまでなつきが座っていた椅子を勧める。
悠翔はより緊張感のなくなった稜希の態度にただただ呆れていた。
「彩華さんいらっしゃい。馬鹿が騒いでいるけど気にしないでちょうだい」
彩華はそこで、はいと答えるわけにもいかず、ただ愛想笑いだけを浮かべる。
「御両親から話は聞いていると思うけれど、彩華さんにもこの一科会に入ってもらおうと考えているわ。問題がないならばこの用紙に署名をしてくれるかしら」
彩華は会員名簿を受け取る。
そこには既にここにいる人員の署名がされていた。
その3人の名前の下に筆を借りて署名をする。
「これからよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いするわ」
「ああ、よろしく」
「さーやん、よろしくー」
三者三様の挨拶が返ってくる。
その様子は接点のない人間が見たらとても一科の代表とは思えないものだった。
「今日のところはこれで終わりね。桜花祭はまだまだ終わらないから楽しんできなさい」
「はい。本日はありがとうございました」
彩華は立ち上がり、一礼して踵を返す。
しかし扉に差し掛かったところで何かを思い出したように足を止めて振り返った。
「あの、1つだけ質問してもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「私たち新入生の入寮で、本日の11時よりも早く天和に到着することは可能ですか?」
的を射ない質問に悠翔は頭を捻る。
純と稜希とも顔を見合わせて考慮した結果、3人の答えは同じものとなった。
「不可能ね。機密保護の観点から決まった時間にしか出入りができない規則があって、その上天和という学院都市が日本の何処に存在するのかを私たちですら知らないの。だから11時に到着と決まっている以上は特例は存在しないわ」
「ありがとうございました」
彩華は再度頭を下げて部屋を後にする。
「今の質問は何だったのかしら?」
部屋に残された3人は何故そのようなことを聞いたのか。
その理解に苦しむ質問の真意に頭を捻っていた。
その一方で部屋を出た彩華も、
「それならばどうして志波さんは10時に一度部屋に来ていたのでしょうか?」
誰もいない空間に意味もなく独り言ちる。
新入生は本日の11時以前には天和──学院を含んだこの経済特区に入ることはできない。
それにも関わらず、なつきはその1時間前には天和にいたことになる。
それはただのなつきの勘違いかもしれない。
おそらくそうであろうと彩華は思う。
しかし、何故かその違和感が頭に引っ掛かっていた。