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セイケンガウガツ  作者: 柊雪葵
第一幕
5/76

なつきと淡雪

 2040年4月8日日曜日17時50分



 まるで新しいおもちゃを手に入れた子どもの様に騒々しかった喧騒(けんそう)は一瞬にして消え失せた。



 告げられるは休憩時間の終わり。

 相も変わらず鋭い目付きをした淡雪(あわゆき)が壇上に立つ。



「説明を再開する」



 その声と同時に映像が移り変わる。

 表示されるのは『天和帝国大学院寮規則』と一面に堂々と書かれた文字。



「まずは寮の門限についてだ。原則的には18時となっている。本日のように特例としてそれ以降の活動が認められる日もあるが、そうでない場合は事前に届出をして許可を貰うように」



 学生達からしてみても何を当然の事を言っているのだと思うところであろう。

 医療や消防、警察など24時間対応が必要な職種を除いては19時以降に仕事をする職場などはない。

 それほどまでに夜は家でゆったり過ごすものだと相場が決まっている。



「次に食事についてだ。食事は食堂の開いている時間に各自で行うこと。感染症等体調不良時には端末でその旨を伝えれば、各居室まで食事を運んで貰えるようになっている」



 淡雪はこれも深く説明する必要はないだろうと、話を次に進める。



「最後に最も重要なことだ。生活するにあたって、他者の迷惑になるような行為は慎むこと。当然なことと言えばそれまでだが、他者の気持ちを推し量るのはそれでいて(むつか)しい所がある。言動が目に余る様であれば、それなりの処置をくだす場合もあるので注意しておいてほしい」



 学生の自主性を重んじるために、これだけしか規則は存在しない。



 中にはもう少し厳しい規則があると考えていたのか呆気(あっけ)に取られる学生の姿もあった。



「以上で全ての説明を終了し、入寮式を閉会する。解散」



 休憩を挟む必要があったか?

 そう問いたくなるほどに後半の説明はすんなりと終わった。



 どこか不完全燃焼な顔立ちで新入生達は寮への帰路へ着く。



 彩華となつきもその人の波を見送った後、言葉を発することなく席を立つ。

 話せないのか。

 話さないのか。

 おそらく彩華が前者で、なつきが後者であろう。



 それも講堂の一階へと降りるまでのことであったが。



「父君には会ってこなくてもいいのですか?」



 先に口を開いたのはもちろんなつき。



「構いませんよ。むしろ過保護が過ぎますから会わない方がいい薬だと思います」



「二宮さんもそういうことを言うのですね」



「志波さんは違うのですか?」



 その質問になつきは苦笑を浮かべた。



「そうですね……両親とは幼少の頃から長らく会っていませんし、今となっては会ったところで親だと分からないかもしれませんね」



「…………」



 彩華は失言をしたことに気づき口を(つぐ)む。



 育児放棄にしても、他の理由してもおいそれと踏み込んでいい話ではない。

 彩華は自責の念からか(おもて)を上げることはできなかった。



 その一方、なつきはなつきで気を遣わせてしまったことに再び苦笑する。

 しかし、やはり踏み込まれたくはない話題だったのか、言葉を発することはない。



 結局、二人は無言のまま出口へと向かう。



 出口に差し掛かったところで、外から歓声が聴こえてきた。



「何と言いますか……お祭り騒ぎですね」



 沸き上がる声につられて彩華は視線を戻すとそう呟く。



 視線の先にあったのは、先程の一大人としての自覚とは何だったのかを問いたくなるような情景。

 文字通りのお祭り騒ぎ。

 いや、むしろお祭りそのものだった。



 淡雪の言った、先程の『特例』はこの事を指していたのだと合点がいく。



桜花祭(おうかさい)の前夜祭です。これが毎年恒例らしいですよ」



「そうなのですね……」



 そう言っている間にも、目の前では先に講堂を出た同期達が、状況も理解できないまま上級生に捕獲されている。



 それを尻目に、なつきは一人帰路に着こうとしていた。



「……あれ、志波さんは帰られるのですか?」



「時にはこのように羽目(はめ)を外して馬鹿になることも大事だとは思いますけど、このような雰囲気はどうも苦手なんですよ。二宮さんは僕に構わず楽しんできたらいいと思いますよ」



「──それがどうやら、そううまくはいかないものなんだよね」



 なつきも人混みに紛れて、姿を(くら)まそうとしたところで、背後から白魚(しらうお)のようなしなやかな指に捕獲される。



 そんな突然の状況にも眉を動かすことなく、声の主に問いかけた。



「佐伯代表、何か御用ですか?」



 声色は至極(しごく)穏やか。

 しかし目は笑っていない。



 淡雪は顔を見なくても感情の揺れ動きが分かるのか、呆れた表情をした。



「用があるのは私ではないんだけどね。うちの副代表さんがどうしてもなつきちと話をしたいって聞かなくてさ」



天王寺(てんのうじ)副代表ですか……彼女は今どちらに?」



「一科会室で待っているってさ」



「そうですか……分かりました」



 なつきは面倒そうな顔をしながらも、渋々一科会室へ向かうことを決める。



 淡雪はそんななつきの態度が気に入らなかったのか、唇を(とが)らせる。

 そして背後から抱きつくように身体を寄せると耳元で(ささや)いた。



「先輩に対してそういう態度はどうかと思うよ。ま、私に対しては別にいいんだけどね」



「そういう行動もどうかと思いますよ、代表」



「あはは……」



 鋭い視線と刺のある言葉でなつきは淡雪に離れるよう催促する。



 上手(うわて)を取られた淡雪は気圧(けお)されるように腕の力を抜く。



 解放されたところでなつきは辺りを見渡す。



 美味しそうな匂いを放つ屋台。

 技術を結集した特異的な出店。

 新入生を歓迎するための催し物をしている特設の舞台。



 他者の目がそれらに向いている事を確認すると胸のかくしに手を入れる。



 そして面倒なことになりそうだと顔をしかめて溜め息を1つ漏らすと、転送石を発動させ薄暮の中へと消えていった。

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