7 再会
どうして……?
「どうして」
驚きのあまり、思ったことがそのまま口をついて出た。道の先に立っている香澄は笑っているように見える。こちらに近づいて来るわけでもなく静かに佇んでいる。
翼が歩み寄ると、香澄はいよいよ満面の笑顔になった。一方の翼はまだ何が起こったのかわからないような顔をしている。目の前にいるのが本当に香澄なのか、急に自信がなくなってくる。京都に転校したと聞いたのは、つい先程のことなのだ。
「本当に、香澄ちゃん?」
「びっくりした?」
香澄はいたずらっぽく、あくまで無邪気に話しかけてくる。
「私、香澄ちゃんに聞きたいことがあったんだよ。なのにあんまり急に転校しちゃうから、どうしようって……」
「だからちゃんと言ったでしょ?必ずまた会えるって」
まるでこちらの困惑が伝わっていないような香澄の言葉に、翼は拍子抜けしてしまった。でもそのおかげで、聞きたかったこともするりと口から滑り出した。
「香澄ちゃんそう言って私にキャンディをくれたでしょ。あれは何だったの?」
「あれは私の友達の証」
だが香澄から返ってきた答えは、キャンディをくれた時の言葉を繰り返すだけだった。
「それって結局どういうこと?私あれからずっと変な夢を見てるんだけど、関係があるの?」
言ってしまってから、翼はしまったと思った。これでは一方的に香澄を責めているようだ。香澄はもう笑ってはいなかった。眼鏡越しの瞳でただ真っ直ぐに見つめてくる。
「嫌な思いをさせた?」
「えっと、嫌とかそういうことじゃないんだけど」
罪悪感から、なんとも煮え切らない返答になってしまった。香澄は目をそらし、うつむいて言う。
「あれが友達の証というのは本当だよ。本当に私が友達と思った人にしか渡せない。でも翼ちゃんが見ている夢もそれのせいだよ」
「どういうこと?」
今度は詰問口調にならなように気をつけた。香澄を追い詰めるのは本意ではない。再び香澄は顔を上げて真っ直ぐにこちらを見た。
「あれは一種のおまじないなの。翼ちゃんが見てる夢は、本当は夢じゃない。だから時間は繋がってるし、進んでる。その夢は、私が友達の証を渡した人だけに見える世界なの」
「見える世界って?」
「詳しいことは話しちゃいけないの。私はヒントをあげることしかできない」
そこまで言うと、香澄は悲しげに顔をしかめた。
「でももし翼ちゃんが嫌な思いをしてるなら、もう夢を見ないようにできるよ。そしたらもう多分、翼ちゃんとは会えなくなるけど」
「え?」
正直、翼は混乱していた。話についていけていない。なんとか頭の中で整理しようとするが、最近の寝不足も相まってしっかり考えられている気がしない。
「それはーーあの夢を見ることは、そんなに切り離せないことなの?香澄ちゃんと友達でいることと」
香澄は何かを言おうと口を動かしたが、結局小さくうなずいただけだった。そして先程の言葉を繰り返した。
「翼ちゃんは嫌だった?」
その顔を見て、つくづく不思議な子だなと思った。転校する前、ただのクラスメイトだった時と今では印象がまるで違う。香澄はただの大人しい女の子ではなかった。無邪気に、無自覚に人を自分の世界に引き込んでしまうところがある。それでいて思慮深くもあるのだ。
「ううん。嫌なわけないじゃん。やっと友達になれたのに」
翼は決して香澄に文句が言いたかったわけではない。こうして今香澄と会えてホッとしているし、嬉しくもあるのだ。翼が笑いかけると、香澄は少しホッとしたように息を吐く。
実際、夢と香澄のキャンディが繋がっていることが確かになっただけでも良かったと思っている自分がいる。
「でもあの夢を見てると寝てる気がしなくて。体はちょっとしんどいかな」
翼は大きく伸びをしてみせる。それと同時にあくびが口から漏れた。香澄はもう悲しげな顔はしていないが、真剣な口調で言う。
「それは夢の中の翼ちゃんがしたいことを邪魔されてるからだと思う。ヒントを言うとね、夢の中では目的があるはずなんだ。でも今それができないでいる」
そう言われて、翼は夢の内容を思い返す。
「えっと、確か」
内容を話し出そうとする翼を香澄はダメ、と言って留めた。
「私がその話を聞くわけにはいかないの。でも、これだけは言える。それがどんな目的でも、夢の中でしたいことを素直にやってみて」
夢の中でしたいことーーそれはきっと、あのシノという子がしようとしていることなのだろう。不思議なことではあるが、キャンディをくれた香澄自身が言うのだからそうなのだろう。
「わかった。やってみる」