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6 顕現

 あくびをしそうになって、翼はあわてて口を手で押さえた。幸い、先生には見られていなかった。

 妙な夢を初めて見た日から三日が経った。あえて「初めて」と付けるのは、あれから毎日同じような夢を見ているからだ。なぜか場所も姿もいつも一緒で、やはり自分は巫女なのだった。今でこそ初日のように飛び起きることはなくなったが、この夢を見るようになってからいくら寝ても寝た気がしない。おかげでいつもクマができるし、授業中も眠気と戦わなければならなかった。

「翼ちゃん元気ないね」

 声をかけてきたのはクラスメイトの小川 由佳だ。由佳は入学した時から同じクラスで、一番仲が良い。出席順が近かったこともあり、最初にできた友達だ。

「そんなことないよ。元気元気」

「そう?でもなんか疲れてるみたいに見えるよ。帰ってきたうちのママみたいな顔になってるよ」

「え!……そんなに?」

 由佳の母は出版社に勤めているため、帰りが遅い。仕事は常に忙しく、帰って来ると病人のようにやつれているそうだ。今の翼はそんな状態に見えているらしい。

「何か辛いことがあるなら先生に言った方がいいよ」

 声を潜めて由佳が言うので、翼は困ったように笑う。

 由佳の心配は痛いほどわかった。翼が疲れを見せ始めたのは、香澄が急に転校してしまってからだ。いじめられていた香澄がいなくなったからといって、いじめがなくなるわけではない。由佳は、翼がその次のターゲットにされたのだと思っているのだ。無理もない。由佳だって翼と共に、香澄のことを助けられずにもどかしい思いをしていた一人なのだ。

「私は大丈夫だよ。由佳ちゃんがいてくれるし」

「……本当に?」

「本当に大丈夫。そんなんじゃないから」

 言いながら、これは困ったと思った。由佳にまで心配をかけてしまっているのは心苦しい。そんなに疲れて見えているというのもショックだが、これは早々に何とかした方がよさそうだ。でもじゃあどうしたらいいのか。そのアイデアが浮かばない。

 由佳が言っていたように、先生に言ってみるべきか。でも何と言えば良いのだろう。同じ夢を見て、よく眠れない……?そんなばかげた話を、真剣に聞いてもらえるだろうか。ならば家族に話してみるか。結果は同じのような気がする。ならば由佳は?真剣には聞いてくれるだろう。でもそれは多分、悩む人間が二人に増えるだけだ。

 やはり最初から、聞くべき相手は決まっていたのだ――香澄だ。

 あの日から、キャンディを食べた日から妙な夢を見ているという事実がある。あのキャンディをくれた張本人なら、何か答えてくれるのではないか。どうあってももう一度香澄に会わなければならない。でもどうやって?

「失礼します。沢口先生いますか?」

 放課後、結局翼は香澄の転校先を担任に聞くことにした。担任の沢口は自分の机でコーヒーを飲んでいた。

「なんだ赤池。珍しいな」

「あの、井上 香澄さんのことなんですけど、井上さんはどこに転校したんですか?」

「あれ?赤池って井上と特別仲良かったっけ」

「……転校する前の日に、仲良くなったんです」

 沢口はふーんと言った。本当とは思っていないようだ。まあ普通に考えて、そんな急に仲良くなったりはしないだろう。なるならとっくになっているはずでもある。翼と香澄は出席順も近いのだ。香澄がいじめに遭っていたことは担任も知っている。

「井上の転校先は、キョウトだ」

「え?」

 一瞬、先生が言った地名を理解することができなかった。キョウト……京都。音を脳内で漢字に変換してみて、翼は気が遠くなっていくような気がした。あまりにも遠い。

 転校先が分かれば何とかなる気がしていた。でもそこが京都では、訪ねることもままならない。

 香澄が今通っている学校の名前を聞いて、翼は職員室を後にした。目の前が暗くなる。このまま、もう香澄には会えないのだろうか。なんとか会いに行けないか。でも電車を使ったとしてもお小遣いをためている間に今年が終わってしまうだろう。

 考えながら家に向かっていると、翼はあることに気づいた。通りの向こうの方に誰かが立っている。こちらを見つめて。

 ちゃんと顔を上げてから、翼はこれは夢だろうかと思った。

 道の先に、香澄が立っていた。

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