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5 再び

「さあ、できた」

 髪を整えてやると、妹はやっと動けるのが嬉しいらしくさっさと立ち上がってくるくる回ってみたり、袖や裾を不思議そうにつまんでみたりしている。まだ短い髪が動くたびにゆさゆさ揺れる。

 妹が今着ているのは、自分が前に着ていた巫女装束だ。体の大きさに合わせて寸法を詰め、つい先日縫い上がった。もちろん、妹が成長しても着られるよう生地に鋏は入れていない。おかげで衣装は幼い妹には大層重そうだ。

「それじゃあ、朝のお勤めに行こう。父上にも見てもらおう」

「はぁいです」

 まだはしゃいだ気分の妹は裾の長さも気にせずに走り出そうとする。慌てて引き留めるはめになった。


「父上、おはようございます」

 神官を勤める父の朝はずっと早い。もう既に社殿に控えている。

「おはよう。あぁ、今日からサエもお勤めに出るんだったね」

 サエと呼ばれた少女ーー妹が笑って頭が落ちそうなほど勢いよくうなずく。

「それじゃあねえちゃまの言うことをよく聞いて、しっかり勤めるんだよ」

「はぁいです」

 無邪気に妹が返事をする。自分がこれから課せられることもまだよくわかっていないのだから、その反応も当然かもしれない。

「シノ、あとはよろしくね」

「わかりました。父上」


 なんだかさっきから、次第に体が軽くなっていくような、不思議な気分だった。ちょっと前まで何か酷く気がかりなことがあって、頭痛までしていた気がするのに、霧が晴れたようにスッキリしている。特に先程父に名前を呼ばれた時のまるで付き物が落ちたような軽さは何だったのだろう。

「シノ」

 急に名前を呼ばれて、振り返ると鳥居の外から一人の少年が近寄って来るのが見える。

「アキト……どうしたの」

 その幼なじみの名前を迷いなく呼べたことに、ホッとしている自分がいる。

「お前、本当に行くつもりなのか?ここでの勤めはどうするんだ」

 詰問口調のアキトに、シノはむっとした表情で応える。

「ここの巫女は妹が継ぐわ。もう決めたことだし、アキトにどうこう言われることじゃない」

「自分が何を言ってるのかわかってるのか?あんな小さい子に、巫女の勤めは無理だろ」

 痛いところを突く、と思った。それはシノだってそう思ったているのだ。だがそれでも、譲れるものではないのだ。

「あの子は、辛いと思う。でも私はどのみちいつかここを出るのだから、それが少し早まっただけよ」

 わかっているのだ。目の前の少年は、心配してくれているのだ。妹のことだけでなく、何よりもシノ自身のことを。昔からそうだ。同じ年に生まれたアキトとシノは、この狭い村の中で同じように成長した。シノは女の子だし、巫女の勤めもあったから一緒にいる時間は長くなかったが、村で唯一の同い年だったから、やはり顔を合わせる機会は多かった。お互いのことを家族のことも含めてよく知っている。だがそれでも。

「アキトは神社の子じゃないもの。私に課せられたことがどんなに重要なことなのかなんて知らなくて当たり前だよ」

 その言葉に、アキトは訝しげな顔をする。シノは不安を振り切るように、あえて明るく言う。

「これは私一人の問題じゃないんだ。じゃ、サエのところに行かなきゃいけないから戻るね」

 振り返らずに手を振って社殿へと駆け戻っていく。アキトに見られなくなった途端、目に涙がせり上がってきてどうしようもなくなった。

 不安がないわけではないのだ。だから、アキトが心配してかけてくれる言葉が余計に辛い。本当は叫び出したい。逃げてしまいたい。幼い妹と父と共にずっとここにいられるならどんなに良いだろう。だがそれは叶わないのだ。なぜならそれは


――宿命だから。


 母が仮に生きていたとしたら、さだめは変わっていたのかもしれない。だがそれを今言ったところでどうにもならない。シノが行くことが今打てる最善の手なのだ。

「アキトのばか。何も知らないくせに……」

 日が昇って山の稜線を黄金に染める。木々の緑が春の終わりを告げていた。

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