31 深奥
気がつくと、明るい和室にいた。夢見に入る前にいた部屋と似たような広さの殺風景なその部屋は、夢見の世界の、ユイの部屋だった。
戻ってきたのだと思った。この不思議な過去の世界に。ユイはどこにいるのだろう。
「シノちゃん、聞こえる?」
……え?
ユイの声だった。しかしそれは自分から響いているような、妙な聞こえ方をした。思わず首を振って部屋を見回す。ユイの姿はない。
ユイちゃん、どこ?
ユイの声とは対照的に、自分の声はちゃんと出ているのか不安になるような、ぼやけた感じにしか聞こえない。
混乱した気分でいると、ユイのどこか気まずげな、しかし冷静な声が聞こえてくる。
「今回は、キャンディを半分ずつ食べたでしょ。だからシノちゃんの実体はこちらの世界には来てないの。私の実体に重なってるって感じ。この方がシノちゃんは安全だからね」
なるほど、と思った。確かにこれならばシノのままこちらに囚われることはなさそうだ。
ユイは部屋を出て掃き清められた廊下を出入口へと歩く。基本的にシノの視界もそれにつられて移動していくが、自分の意思で辺りを見回したり、視線を自由に動かしたりはできた。
外へ出てユイが向かったのは社殿の方ではなく、大きな鳥居を潜って社の外へ出てしまった。そこから道をたどって山の奥へと踏み入っていく。
アスファルトなど貼られていない土の道を進むと、坂を上っていく形になる。道の奥は暗く先細りしていて、両脇にそびえるように生える杉の大木が迫っている。坂の勾配はだんだん急になっていき、道はもうそれとわからないほど細くなっている。獣道とも言えるが、誰かが常に歩いているようで、踏み固められた土が一本か細く続いている。
しばらく歩くと、木々の間が開けて日が差してきた。
その場所には見覚えがあった。白木で建てられた、小さな社。シノは緊張を感じた。そこは、あの神主がいた場所だった。
……ユイちゃん、ここは……
あの時と同じ感覚が蘇ってくる。この先へ行ってはならない。恐怖が這い上がってくる。だがユイは歩みを止めない。小さい声で「大丈夫だよ」とつぶやく。
「あの時とは違うから。私がちゃんと守るから」
白木の社の前に、あの神主がいた。社を背に立っていて、今はその顔が見えている。切れ長の目、ほっそりした顔立ち。現実世界の悠希にはあまり似ていないが、そこに浮かぶ表情だけがそのままだった。
神主姿の男は、余裕の態度でゆっくりと言う。
「よく来たね、ユイ。いや……井上 香澄」
ユイはまっすぐに男を見据える。重なるようにここに存在するシノも、同じ気持ちで睨みつける。
空気が今にも音を立てて弾けそうなほど張りつめた。




