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30 二人の巫女

 「深奥の間」と呼ばれる、先程まで香澄が寝ていた畳の部屋に、翼は一人でいた。ずっと夢見に入っていたと聞いたことを思い出し、とにかく一度ご飯を食べたり、体の調子を整えるべきだと翼が主張したので、香澄はトキエと共にダイニングキッチンへ行った。翼もそちらで待ってもよかったのだが、香澄の食事の様子をじっと眺めているわけにもいかないので、先にこちらで待っていることにした。

 不思議な部屋だと、改めて翼は思った。その部屋には窓がないため、翼が入ってきた襖を閉めてしまえば外から光は入らない。それなのに天井に照明はついておらず、部屋を照らす手段がない。どこかに懐中電灯くらいあるのかもしれないが、それすらも翼には見つけられない。今は襖を開け放しているので、廊下から入る光で部屋のなかを見渡すことができる。畳敷きの和室には香澄が寝ていた布団以外には何も置かれていない。まさに眠るための、夢見のための部屋だった。

「ごめん、遅くなっちゃった」

 香澄がそう言いながら戻ってくると、翼は安心した。一人で残される居心地の悪さは拭えなかったのだ。洗い立ての巫女装束に着替えた香澄は、両手で丁寧に何かを持っていた。

「それは何?」

「これは、翼ちゃんの分」

 香澄は翼の前に広げてみせる。それはもう一着の巫女装束だった。翼は驚きつつ、疑問を感じつつそれを見下ろす。

「翼ちゃんは本当の巫女ではないから身を清めたりまではいいけど、ここで夢見に入るのなら着替えた方がいいかと思って持ってきたの。もし、嫌じゃなかったら着てみて」

 説明する香澄の声が遠慮がちなのは、翼を再び夢見に入らせることにまだ迷いがあるからだった。翼が夢見の協力者だと知った悠希がそれを逆手にとって夢見の邪魔をしてきたことひとつとっても、それは危険な賭けだった。夢見は下手をすればこちらの世界へ戻ってこれなくなる。それは現実には、生きてはいても意識が戻らないことを意味する。

 香澄が一旦退室し、翼はその衣装をまじまじと見る。実際に着たことはないはずなのに、なぜかひどく懐かしさを感じる。

 袷の袖に腕を通す。朱色の袴に足を通す。夢見の中で着ていたためなのか、誰に教えられたわけでもないのに手順に迷うことなく着付けを済ませた。

「うん、似合うね。翼ちゃんってやっぱり特別だな」

 戻ってきた香澄は、巫女装束の翼を見てようやく少し笑った。腕には布団を抱えている。

 二人が着ているのがパジャマであれば、女の子同士の他愛もないお泊まり会と見ることもできたかもしれない。何せ二人ともまだ小学生なのだ。

「じゃあ、これを」

 翼と向き合った香澄は、懐から紙包みを取り出した。それは香澄と出会い、そして別れたあの日に渡されたものだった。しかし、包みを開けたその中身を見て、翼は思わず声をあげた。

「割れてる……?」

 勾玉の形をしていたことは見てとれるものの、そのキャンディは元々小さな穴が空いていた部分から真っ二つに割れていた。そのわけを香澄が告げる。

「今回は危険だから、キャンディは半分だけね。そうすれば、何かあっても戻って来れるはずだから。あとの半分は私が持つ。約束通り、翼ちゃんのことは私が守るよ」

「でも、それじゃあ香澄ちゃんは?」

 翼は急に不安になった。香澄の力になりたくて夢見に行くと言ったのに、これでは逆に負担になっているのではないか。その不安を拭うように香澄は勝ち気に笑ってみせる。

「大丈夫。私はこのためにちゃんと準備してきたから、たいていのことは何とかなるから。それよりも、翼ちゃんが今も私の味方でいてくれてることが、一番力になるから」

 翼は、わかったというようにうなずいた。言われてみれば当たり前のことだ。香澄は翼なんかよりずっと長く深く夢見に関わっている。物理的な準備も心の準備も、今までに十分なほどしてきたのだろう。

 まず香澄が割れたキャンディを手に取る。翼はその後で上に残った片割れを取る。それはどこか儀式めいていて、翼を緊張させた。

 二人はほぼ同時に、その割れたキャンディを口へ放り込んだ。

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