23 譲れないもの
「あなたね。私たちの邪魔をしてるのは」
森の奥に建てられた、白木の社。その前でユイは一人の男と対峙していた。男は白の合わせに水色の袴という神主の装束を身にまとっている。長く伸ばした髪を後ろで束ねており、顔立ちも中性的なので、袴が違えば女性に見えなくもない。切れ長の目は恐ろしく鋭くユイを凝視する。そのまま口の端だけを歪めて笑う。
「だとして、君に何ができる?一番警戒していたはずのこんな場所まで踏み込むなんて、随分迂闊だと思わないか」
いかにも人を喰ったような態度に、ユイは唇を噛んだ。
「私がここまで来たのは、友達を守るため。あなたがシノちゃんのことを嗅ぎ付けてしまったから」
「それは君の失策だろう。逆恨みだよ」
およそ神主には似つかわしくない言葉と態度で男は言う。ユイは何とか平静を保ちながら、相手をにらみ返す。
ここは以前、シノがこちらの世界にいた時に見ていた場所だ。ユイの過去の修復という役目を邪魔する根源を探すために、シノの潜在意識に働きかけ、引き出した情報だった。今までは直接対峙することは避けていた。相手がどんな手立てに出るかわからず、危険だと判断したからだ。しかし協力者のシノのことを暴かれてしまった今、もうそんな悠長なことは言っていられなかった。シノを守るため、夢の世界から閉め出した。自分の身を危険にさらすことはもう仕方がなかった。ユイはできるだけ威厳をこめた声音で言う。
「どうして邪魔をするの?過去の修復がうまくいかなければどうなるか、あなたもわかっているでしょう。夢見でこちらへ来ている者なら」
「何もわかっていない君みたいな人間にとやかく言う筋合いはないね」
ユイの言葉など露ほども響いていない様子で居直っている。思わず黙ったユイに対して、男は持論を展開しだした。
「考えてみればわかることだ。そもそも過去を改変したのが間違いだったんだ。だから夢見などという、不自然なことを強いられている。ならどうするのが自然か。改変されなかった元の状態へ戻せばいい」
「……そのせいで世界が滅んでも?」
「それが過去が導く結果だというのなら受け入れるべきだ。そもそも君たちが言うように、本当にそんなことが起きるなら、だけど」
ユイは背中にじっとりと汗が浮かんでくるのを感じた。思わず後ずさりたくなるのをなんとか堪えた。この男は、危険だ。
本来夢見は、過去の修復の重要性と共に、その危険性も教えられる。世界が滅ぶという最悪の事態を避けるために必要なことではあるが、同時にほんの些細なことでも現実世界に悪影響を及ぼす可能性を秘めている。何か間違いがあれば、存在するはずの人間が存在しなくなってしまうという事態もいくらでも起こりうるのだ。だからこそ夢見は慎重にことを運ぶ。迷うし、悩む。夢見が協力者を欲するのも、一人ではそのプレッシャーに耐えきれないからだ。
それなのに、同じ手順を踏んでいるはずのこの男には迷いがない。己のすることが絶対に正しいと思い込んでいる。その後に起こりうる影響を甘く見ているのか、何も考えていないのか。
「君は教えられたことを鵜呑みにしているのかもしれないが、それ自体を疑ってみるべきじゃないか」
「それはあなたも同じことじゃないの?あなただって誰かに言われてこんなことをしてるんでしょ」
「決めつけは良くないよ」
男は一つ息をつくと、あくまで余裕の態度をとる理由ともいえることを口にした。
「今が君の引き時だと思うな。ここへ来るのが一足遅かったね」
「何の話……?」
「君のカードは、もう我々の側に落ちたってことだよ」
何かが壊れる音が、頭の奥で響いた気がした。




