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20 約束

 翼は自宅の自分の部屋で机に突っ伏し、困っていた。

 こんなとき、香澄と連絡が取れればと思う。どうして連絡先を聞いてなかったんだろうと今さら後悔する。

 香澄に聞きたいことがたくさんあった。それも、夢の中では聞けないことだ。翼が今聞きたいのは、香澄自身のことだからだ。

 夢見とは何で、何をもたらすのか。香澄の家が、井上家がしようとしていることは、一体何なのか。

 夢の中ではユイの言葉に納得もしている自分がいる。それはやはりどこかで現実世界とは切り離して考えているからだ。だが香澄はどうか。夢を見始めて一度だけ会った時、香澄はどんな様子だったか。翼には、どこか追い込まれているように見えた。あまりに辛そうで、見離すことなどできなかった。

 香澄は家族以外で、翼を頼った初めての人間だった。頼ってくれたことが、嬉しかったのだ。本当の友達だと思うことができたから。

 今では由佳のことも本当の友達だと思っている。だがそれも、香澄と関わったことで感じることができたと思えるのだ。

 翼は目の前に広げたノートに、これまでのことを書き出してみた。


 香澄と神社でばったり会って、友達になったこと。

 友達の証としてキャンディをもらったこと。

 キャンディを食べたら、変な夢を見始めたこと。

 それが香澄を手伝うことになること。

 香澄は過去の修復をしていて、それを邪魔する者がいること。

 調べていたら翼の本家に行き着いたこと。

 父が本家に近づかないよう言ったこと。

 橋爪 悠希のこと。

 渡辺 燈矢のこと。 


 思えば随分翼の周りは賑やかしくなった。目立つところの何もない、ごく普通の小学四年生だったのに。今や上級生の知り合いまでいるのだ。

 あの夢を見始めた頃、翼がいじめられているのではないかと由佳が心配してくれたことがあった。でも本人は全然いじめられるような気がしなかった。翼はいい意味でも悪い意味でも目立たないごく普通の子だったからだ。いじめをするような子に目をつけられるような何かを、翼は持ち合わせていなかった。それはある意味では幸運なのかもしれないが、裏を返せばなんの取り柄もなく、たくさんの中に埋もれてしまうことを意味する。香澄と出会ったことで生まれた今の特殊な状況は、困ったことはたくさんあるが、充実しているとも思えるのだ。

 そうだ、と翼は思いついた。夢の中で、香澄の連絡先を聞くことはできないだろうか。

 名前や住所は口にできないとしても、例えば携帯の番号やメールアドレスくらいなら聞けるのではないか。現実世界で会うのは難しいから、香澄の連絡先を知るにはこれしかない。

 思いついてみれば簡単なことだ。翼は夢の中で忘れないように「香澄の番号とメアド」と心の中でつぶやきながら眠りについた。


 しかし、それを尋ねる機会はやってこなかった。

「ここに隠れてて」

 夢の中で最初に聞いたのは、そんなユイの切迫した声だった。

 ユイはすぐに戸をピシャリと閉めて駆けていった。取り残されたシノはぼうぜんとする。

 ここはいつものユイの部屋だ。隠れてて、ということはここにいろということだと思うが、一体何が起こったというのだろう。ユイの慌てた様子だけが目に焼き付いている。わけがわからなかったが、こちらでユイに言われたことに背くわけにはいかない。仕方なくおとなしくしていることにした。

 部屋には余分なものは置かれていないので、とても殺風景に見える。六畳の和室には巫女装束を掛けておくための衣紋がけが一つ置いてあるきりで、押し入れさえもない。布団はどうしているのだろうと思ったが、ここがそもそも夢の中だと考えると、こちらでは寝ることはないのかもしれないと思った。

 シノは衣紋がけと反対の壁を見た。そしてあれ、と思った。

 壁に立て掛けてあるものがある。

 あれは、弓……?

 前に夢で来た時までは、そこには何もなかったはずだ。なのに今回はそこに弦を張った弓が一張り置かれている。つがえるための矢は置かれていない。

 不思議そうにその突然現れた弓を見ていると、背後から声がした。

「それはおじいちゃんの形見なの」

 いつの間にかユイが戻ってきていた。その目は弓に向けられていたが、どこか遠いところを見つめているようだった。

「私は女の子だから触らせてはもらえなかったけど、おじいちゃんが弓を引くのを見るのが好きだった。今回はお守りにここへ持ってきたの」

 ユイは思い出話を語るように懐かしむ口調で言う。しかしそのままシノの前まで来たユイは厳しい表情に変わった。

「シノちゃん、私約束したよね。シノちゃんのことは私が守るって。だからこれは私の責任で言うんだけど、こっちにシノちゃんが来るのは今日で終わりにしよう」

 唐突な言葉に、言われた方は頭が付いていかない。

「それは、どういうこと?」

「シノちゃんのことが、私たちの邪魔をしてる人たちにばれちゃった。ここは私が結界を張ってるから少しは安全だけど、このままだとシノちゃんが現実世界に帰れなくなるかもしれない」

 それは、こちらの世界に来てから一番危険と考えていたことだった。その危険が自分に迫っていると聞けば、シノには聞き入れることしかできない。ユイはシノを安心させるように気丈に笑う。

「大丈夫。約束は守るから。今まで手伝ってくれて、本当にありがとう」

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