17 夢見の巫女
「何だか奇妙な話だね」
ユイは終始眉間にしわを寄せてシノの話を聞いていた。悠希が物騒なことや由佳を巻き込んでしまったこと、助けてくれた燈矢が言ったことなど、うまく整理がつかないままざっくばらんに話していたので、ユイが言った「奇妙」が一体何にかかるのかがいまいちわからなかった。シノが問うと、ユイはしかめ面のまま応えた。
「その橋爪って人の話だよ。だってシノちゃんのお父さんは分家の人なんでしょ。なのに家を継げってどう考えても理不尽だよ。断ったお父さんが正しいというか、自然だと思うけど」
「あぁ、そっか」
悠希にまくし立てられていたときには、そこまで思考が回らなかった。確かに父の話では戦前に分家していたはずで、ユイ言う通りだ。
しかし今話すべき主題は少し別のところにある。つまりはこれからどうするかということである。悠希の存在はかなり凶悪に思える。その後ろに見え隠れする橋爪本家の影も得体がしれない恐ろしさがある。これ以上その線から探りをいれるのは危険だろう。
「ユイちゃんがしようとしている、過去の修復って、どういうものなの?何のためにするの?」
協力できないとは言いたくないと思っていた。しかしこれ以上、目的もわからないままに危険なことに首を突っ込むことはできない。
ユイはしばらくまばたきを繰り返した。話がいきなりのような気がしたのかもしれない。
それでもゆっくりと話し始めた。
「過去の修復は、私の家に代々伝わる重要な仕事なの」
「どういうこと?」
「私たちが今夢で見ているこの時代に、昔過去を改変しようとした者がいたの。本来それは許されないことなんだけど、そうしなきゃいけない理由があった」
ユイは一つ息をついた。そしてあまり言いたくないことを口にするように顔をしかめて次の言葉を継ぐ。
「そうしなければ世界が……少なくともこの国がなくなっていたから」
「……まさか」
今度はシノが話がいきなりのように思った。話が大きすぎて現実感がなく、何の話をしていたのかわからなくなった。
「私にもうまく説明できないし、信じてって言っても無理があるかもしれないけど」
その声音が余りにも悲しげで、思わずフォローする言葉が出た。
「そんなことないよ。ユイちゃんの言うこと信じるよ」
それを聞いて安心したのか、ユイは説明を続けた。
「改変した過去は不安定だから、元に戻っちゃったり、変な方に変わっちゃったりしないように修復しないといけなくて、それを私の家がずっとやってきたの。今は私がその役をしてる。夢見の巫女として」
その単語を現実にも聞いたことを思い出す。夢に入る直前まで気になっていた言葉だ。
「夢見の、巫女……」
「私のように、夢で時間をさかのぼる者をそう呼ぶの。私の家に生まれた女の子は、誰かがこの役を担うことになる。そのための訓練も受けてきた」
そこで小さくため息をついた。
「私は一人っ子だから、私がなるしかなかった。ずっと一人だった」
それは寂しかっただろうと思った。ユイの言うことが本当なら、とんでもない重責を一人で担ってきたことになる。そのプレッシャーがどれ程のものか、想像もつかない。だがユイは気丈だった。
「シノちゃんが協力してくれて、私は本当に助かってる。今回のことでなんとなく真相が見えてきたし。だから、もう大丈夫だよ」
「え?」
「私だって、シノちゃんを危険な目に合わせたくはないんだよ。橋爪本家のことは、こちらで探りを入れてみる」
ユイが自分のことをちゃんと友達だと思って接しているのだと、今になって改めて実感した。自分もそう思ったから、支えたいと思ったことも。
「これは私が巻き込んだことだから、私に責任がある。シノちゃんのことは私が守るよ」




