16 揺れる
「由佳ちゃんごめん……泣かないで」
震えて泣いている由佳の背をさすりながら、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。悠希はもういない。翼を引いて行こうとしていた男子と共に教室を出ていった。下校の放送がかかったので翼たちも出なければならないのだが、とりあえず由佳が落ち着くのを待っている。
由佳は翼とはぐれた時、誰かに後ろから腕を引かれた。声を上げる間もなく背中を強く突き飛ばされ、暗く狭い部屋に転がりこんだ。肩や脇腹を強かに打ち、うめいているうちに戸が閉められてしまった。起き上がって確かめた時には鍵がかけられたようで戸は開かなかった。
閉じ込めた人物の顔は見なかったということだが、おそらくは悠希の差し金だろうと翼は思った。悠希は翼のこともどこかへ連れ去ろうとしていたくらいだ。一緒に来た由佳を邪魔に思ってそんなことをしでかしても今となっては驚かない。翼は巻き込んでしまったことがただただ申し訳なく、それと同時に悔しかった。
「そろそろ行こう。歩ける?」
由佳の様子を見て切り出したのは、先程由佳を伴って教室へ駆け込んできた男子で、渡辺 燈矢といった。由佳が閉じ込められていた部屋の前を通りかかって、中から声が聞こえることに気付き、助け出したのだ。部屋は理科準備室という授業で使うものが置いてあるところで、普段は鍵がかかっている。そんなところから声がする筈はなく、脱出できたのは異変に気づいた燈矢のおかげだった。
「なんでうちのクラスにいたの?」
玄関に向かって歩きながら、燈矢は当然の疑問を口にした。下級生が用もなくわざわざ階段を上がって来ることなどない。
「さっきの……橋爪さんに用があって」
「あ、もしかして昼休みに来たっていう子?」
その時燈矢は教室にはいなかったそうだが、ちょっとした噂になっていたようだ。
「橋爪に何の用だったの?」
「実は橋爪さんはいとこというか、うちの本家にあたる家の人で……あ、でも会ったことはなくて」
どこから説明するべきかと考えながら話したので、つっかえながらの説明になった。それでも燈矢は静かに聞いていた。翼が話し終わると燈矢は考え込むそぶりになった。
「確かに橋爪の家は宮司の家系だけど、あいつはそんな器の人間じゃないよ」
それはそうだろうと翼も思った。それに、もう一つ気になることがあった。
「橋爪さんは、私のお父さんが本家を裏切ったみたいなことを言ってて。信じられないんです。本当は一体何があったんだろう……渡辺さんは橋爪さんのことよく知ってるんですか?」
思わず訊いたのは、そこが要であるような気がしているからだ。つまりはユイが、香澄が言っていた「邪魔をしているもの」に直結するような予感があるのだ。この際聞けることは何でも聞いておきたかった。しかし。
「余計なお世話かもしれないけど、あいつとは関わらない方がいいんじゃないかな。その本家っていうのも」
「そうだよ」
ようやく喋る余裕が出てきた由佳も燈矢の言葉を支持した。
「協力してあげたいけど、やっぱり危険な気がする。翼ちゃん、連れ去られるところだったんだよ。これ以上突っ込んだら何があるかわからないよ」
自分のことではなく、翼の身を案じてくれるのだった。決して巻き込んだことを責めたりしない。だから余計に申し訳なく思う。だが翼は由佳ではなく、燈矢に向けて言った。
「そんなことを、言われる気がしてました」
翼の言葉に燈矢は立ち止まった。目は合わせないが、その声には何かを決心したような芯があった。
「私、会ったことがあります。渡辺さんと……夢の中で」
燈矢は息をのんだ。驚きで目を見開き翼を見る。
それは、燈矢が教室に現れた時にわかっていたことだった。あの夢を見始めたばかりの頃、シノとして会っていた人物。彼はアキトと同一人物だった。
「それじゃあ、君は協力者なのか。夢見の巫女の」
まるで独り言のように呟いた燈矢の声は、誰もいない校舎に吸い込まれるように消え入った。




