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15 秘密

 ランドセルに荷物を詰めると、翼と由佳は連れだって教室を出た。

「翼ちゃんが、転校した香澄ちゃんとまだつながってたなんて意外だったな」

 階段を登りながら由佳が言う。確かにそこまで仲が良かったわけでもなかったし、そう思うのも当然だ。

「転校する前の日だからね。それまでちゃんと話したこともなかったけど」

「偶然にしては出来すぎてる話だよね」

 言われてみればそうだ。そもそも香澄は転校に関して事前には誰にも何も話していなかったのだ。余りにも急なことに思えたが、担任などは前から知っていた様子だったので、転校自体はおそらく随分前から決定していたと思われる。しかもその前日にたまたま通りかかっただけの翼の家は神社と関わる家系ときている。偶然にしては多くの条件が重なりすぎだ。

 まるで何かに導かれているようだ。

 階段を登りきると、ちょうどどこかのクラスのHRが終わったところらしく、廊下から一気に生徒が階段へ押し寄せた。翼たちはその流れに逆らう形になり、道を譲るときに離れなければならなかった。人の波はしばらくおさまらず、一段落してから翼は由佳を探した。

「あれ?」

 廊下を見渡してみても、由佳の姿が見当たらない。

「由佳ちゃん」

 名前を呼んでみても、返事はない。さっきまで一緒にいたのだから、そんなに離れていないはずだ。もう生徒もまばらで、その間に隠れてしまうような状況ではない。

 おかしいと思いながらキョロキョロしていると、背後から声をかけられた。

「誰か探してるの?」

 振り返ると、あのユウキが立っている。いきなり出くわすと思っていなかった翼は背筋が粟立つような寒気を感じた。それを知ってか知らずか、黙ったままの翼にユウキが言う。

「なかなか来ないから見に来たんだ。教室に行こう」

 昼休みと同じように微笑んで踵を返す。

 間違えた、と思った。でももう遅い。

 翼の本能のようなものが、ユウキに付いていくことを拒む。だがそれでも何かに引っ張られるように足が進んでいく。

 そして教室に着いた。

 上級生はもう残っておらず、中はがらんとしていた。西陽が鋭く差し込み、影との明暗をより濃く塗り分けている。どこか現実離れして見えるその場所で、翼は渦中の人物と対峙した。

 彼は名を橋爪 悠希と名乗った。家は前に父が話したように山向こうの校区の端にあり、宮司の家系にあたる。

「君が思っている通り、本来君の家の本家にあたる家柄だよ」

 ドキッとした。まだその話題を出していないのに、こちらの考えが読まれている。翼は言葉を返すこともできず、黙って悠希の話を聞く形になる。

「名字が違うのは、君の父親が本家を離れて、あろうことか君の母親の姓を名乗ったからだ。君は自分の親が何をしたか知ってる?」

 悠希の口調はこの状況を楽しむかのようだった。それが翼には不気味に思え、いつしか額にじわっと冷や汗が浮いている。

「本来本家を継ぐべきだったのに、それを蹴って家を出たんだ。結婚も決まった人がいたというのに。結局僕の母が婿をとることで丸く収まったわけ」

「……嘘」

 思わずつぶやく。にわかに信じられる話ではなかった。あの真面目を絵に描いたような父がするような行為とは思えない。だが悠希はさらに言う。

「嘘じゃない。君の親はね、橋爪の名を汚したんだ。だから驚いたよ。よくその顔を僕の前に晒せたものだなって」

 悠希は相変わらず微笑んでいる。もはやその笑顔は翼に恐怖しか与えなかった。

 そして次の瞬間、本物の恐怖が翼を襲った。急に腕を掴まれたのだ。それも、目の前の悠希にではない。いつからいたのか、別の男子が横から腕をからげている。

「せっかく君の方から顔を見せてくれたんだ。このまま一緒に来てもらおうか。話を聞きたいと思っているのは君だけじゃないんだ。逃げようとしたら痛い目にあうよ」

 悠希は脅し文句を吐くと教室を出て行こうとする。翼は腕を掴んだ男子に引っ張られる。

 誰か助けて。もう声も出ない。

 その時。

「橋爪!」

 教室の反対側のドアから、悠希を呼ぶ鋭い声が上がった。おそらく同学年の男子だと思われる。走ってきたのか、息があがっている。その背に隠れた人影に、翼は驚くと共に安堵した。それは紛れもなく由佳だった。

「何してんだよ。その子誰?」

 悠希とその男子は一時にらみ合う。端からはわからないその場だけの緊張が放課後の教室を支配しているのだと翼は思った。

 スピーカーから流れてきた下校時間を告げるメロディがやけに響いて聴こえた。

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