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13 潜在

 気がつくと、森の中にいた。背の高い常緑樹の森は四方に広がっている。人の手で管理されているらしく、鬱蒼とはしているものの日差しが降り注いでいて明るい。高低差はあまりなく、山奥という感じではない。シノは木々の隙間から空を見上げる。

「ここは……?」

 今自分が何をしようとしてるのかが分からなくなっていた。確かユイの手助けをするために、調べなければならないことがあったはずだ。自分の身なりを確認すると、ちゃんと巫女装束を身につけている。こんな森へやって来るには不似合いに思えた。

「ユイちゃん」

 近くにユイがいるのではないかと思って呼んでみたが、返事はない。それどころか、小鳥のさえずりと風で葉が擦れる音くらいしか聞こえない。シノの他に人の気配はない。ここがどこなのかもわからない今、シノにはどうすることもできない。とりあえず目の前の方向へ歩き始めた。

 歩くと地面に落ちている枝や枯れ葉がザクザクと音をたてた。整備された道はなく、獣道が気まぐれに続いているだけだ。足元をちゃんと見ていなければいつ足を引っ掛けてもおかしくない。足袋に草履ではなんとも心細い。シノはどこでもいいから早く森を抜けたかった。しかしその思いとは裏腹に、いつから迷いこんだかも定かでない森は開ける気配がない。

 足が痛みだした頃、途切れない木々の間から何かが聞こえることに気づいた。はじめそれは一定の音が鳴り続いているように聞こえたが、その内にところどころ抑揚があることがわかる。

 誰かが、謡っているようだ。

 少し歩くと不自然に開けた場所に出た。小さな社がある。彩色のない質素なもので、白木の色からすると最近建てられたようだ。声はその社の奥からしている。よく伸びる高音は男性のものと思われた。

 シノは社に近づいてみた。こんな森の奥で、どんな神様が祀られているのだろう。次の瞬間、頭に激しい痛みが走った。

 この先に近づいてはいけない。

 誰かにそう言われている気がする。全身が粟立つような身震いがして、熱が出たように体が重い。だめだ。自分は来てはいけない所へ入り込んでしまったのだ。そう急に思い当たった。本家とつながりを持ってはいけないのだと、ちゃんと言われていた筈なのに……

 それは、誰に?

 動けないと思っているのに、足が勝手に社へと近づいていく。謡っている男性の後姿が見える。白のあわせに水色の袴。神主の装束だ。頭の中で激しく警鐘が鳴っている。ダメだ、近づいちゃ。

 次の瞬間、ずっと聞こえていた謡が途切れた。静寂の中で男がゆっくり振り返ろうとする。

 ダメだ!!


「シノちゃん!」

 目を開けると、間近にユイの顔がある。そして自分が横になっていたことに気づく。慌てて半身を起こすと、ちゃんと布団に寝かされていたことがわかった。

「大丈夫?怖い夢を見たの?」

 ユイは心配そうに覗き込んでくる。シノは先程まで見ていた光景を思い出した。

「ユイちゃん、私大変なことをしたかもしれない」

 声を出すと今でも震えてしまう。のどの奥から嗚咽までせり上がってきそうだ。ユイはそんなシノの背中をさすってくれる。

「大丈夫。今のは夢だよ。現実じゃないし、この世界にも影響しないから」

 シノはまだ混乱していた。ユイが言うことも理解できない。さっき感じたのは紛れもなく、本当の恐怖だ。あまりにも恐ろしかったので、全力で拒絶した。そして気がつくと、ここに寝ていたのだ。ユイはそれをわかってゆっくり説明してくれる。

「この世界で直接シノちゃんが言ったことを調べてもらうのは負担が大きすぎるから、夢を見てもらったんだよ。シノちゃんが忘れてる記憶の中にヒントがあるかもと思って」

 そうだった。シノは現実世界で翼が父から聞いたことを話したのだ。するとユイは、シノを一度眠らせて夢の内容を探ることを提案したのだ。

「それで、どんな夢を見たの?」

 シノは夢の内容をできるだけ詳しく話す。ユイは難しい顔で聞いていたが、話が終わると意外に明るい顔をした。

「と言うことは、その本家の人をシノちゃんは本当は知ってたかもしれないね。案外近くに関係者がいるのかもね」

「関係者?」

「本家直系の人とか、その家族か親戚とか。その男の人は見たことある人?」

 聞かれて顔を思い出そうとして気がついた。

「ダメだ。私その人の顔見なかったもん。その前に怖いって思って、夢から覚めちゃったから」

 だが、収穫は確かにあった。何の手がかりもないよりはだいぶいい。

「私、現実に帰ったら探してみる。本家の関係者」

 それを聞くとユイは表情を引き締めた。

「あんまり危険なことはしなくていいからね。でもすごく助かる」

 シノはユイを見つめ返し、力強くうなずいた。

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